音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
『お姉ちゃん、気を付けた方がいいよ』
柔らかな小さな女の子のような声が桜の耳に届く。
気配から、すぐにあやかしの声だと分かった。
悪さをするようなものではない。桜はそう瞬時に理解する。
(気を付ける?何を??)
桜の疑問に答えることなく、少女が部屋をぱたぱたと出て行く気配がした。
桜が次に目を覚ました時、辺りはとうに真っ暗になっていて、月明かりだけが部屋を明るく照らしていた。
布団に寝かされていた桜は、ゆっくりと起き上がる。
『もういいのか』
桜の傍に座り、何か書物を読んでいたらしい黒稜が桜に目を向けた。
(そうだ私、温泉でのぼせてしまって…)
「も、申し訳ございませんっ!!ご、ご迷惑、を…」
桜が慌てて頭を下げると、『別に構わない』と黒稜は返す。
『まだ寝ていろ』
黒稜はそう言って、桜の頭をゆっくりと撫でた。
黒稜の大きな温かな手に、桜の鼓動はまた少し忙しなくなった。
けれど、桜を撫でる黒稜の表情は、何故だかとても寂しそうで苦しそうで、黒稜がどうしてそんな顔をしているのか、桜には分からなかった。