音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
「おやおや、何故避けるのですか?」
男性は柔らかな表情のまま、不思議そうに桜に問い掛ける。
「この札なら、苦しまずに貴女を葬ることが出来たと言うのに」
桜は背中に冷や汗が伝うのを感じた。
(この人、どういうつもり…?どうして私の命を?)
目の前の男性が桜の命を狙っているのは明白だ。
しかし何故、桜が狙われなくてはいけないのだろうか。目の前の男性と面識はないはず。
桜には自分の命が狙われる理由など、まったく心当たりがなかった。
「どうして私の命が狙われるの?、そう疑問に思っているような顔をしていますねえ」
柔らかい男性の表情が、人間とは思えないほどに醜く歪んでいく。
「それはね、貴方が北白河の人間だから、ですよっ!!」
男性はまたも力を込めた札を桜に向けて投げてきた。
桜はそれを先程のように避けたが、勢いよく避けた時に足を痛めてしまったのか、途端に足首がズキズキと痛んだ。
「いっ…」
陰陽師の力を失って、何の修行もしていなかった桜だ。昔のように機敏に動くことはできないし、何の力も使えない。
桜に男性を退ける術はなかった。
そんな桜の様子を見て、男性は更に口角を上げた。
「おやおや、この程度でもう根を上げるのですか。北白河の長女であるというのに、なんて情けない」
桜はきっ、と男性を睨みつける。
(北白河の人間であるからなんだというの?)
桜の脳内は忙しなく動きまわる。
恨まれるような悪事はしていない。
北白河の家は、帝に認められるくらいに誇れるものだったし、力も持っていた。
それが、何故……?