音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
「どう、して……」
「正確には私が呪いをかけたのは、道元の妻、文江だ。道元の大切な者から消してやろうと思っていたからなぁ!しかしあいつは陰陽師の力をもともと持っていなかった。何故だか全く呪いが発動しなかったのだ。いやはやしかし、呪いをかけておいてよかった。それが娘のお前に効力を及ぼしたのだから!道元はさぞ長女のお前に入れ込んでいただろう?鼻をへし折ってやれて最高の気分だったよ!!」
文江にかけたはずの呪いは、不運なことにお腹の中にいた桜にだけ掛かってしまった。
桜は呆然とするしかなかった。
自分の未来を奪った人間が、今目の前にいる。
(私に掛かった呪いは、あやかしが掛けたものじゃなかったんだ…。人に故意的に掛けられたものだったんだ……)
同じ陰陽師同士だというのに、呪いを掛け合うなんて、まさかそんなことがあるとは、桜には思いもよらないことだった。
「やはり、この強大な術式は私にはなかなか手に負えんようでな。聴覚にしか影響を与えられなかったようだが、陰陽師の力は奪えたようだし、まぁ大方成功と言ったところか」
雪平の術式が完璧であったら、桜は陰陽師の力を失うだけでなく、五感さえも奪われていたのかもしれなかった。
考えるだけで、背筋がぞっとした。
「はぁ…しかし、今度こそ完璧に呪いは完成したぁ…」
途端に雪平がふらふらとし出して、何だか苦しそうな様子を見せた。
「こいつの、力を借りてなぁ……!!」
雪平の言葉と同時に、地面が揺らぎ、雪平の後ろに鬼のような面をした大きなあやかしが姿を現した。
桜と黒稜は、驚きで目を見張った。
『雪平、貴様、あやかしと手を組んだのか…!』
黒稜の言葉に、雪平は高らかに笑う。しかしその笑い声も雪平の見た目も、先程家を訪ねて来た時とは別人のようになっていた。
辛うじて人の形は保っているものの、目元は真っ黒になりどろどろとした黒い空気を纏っている。