音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
雪平が意識を失ったことで、桜を縛っていた札の効力も消え手足が自由になる。
桜は慌てて黒稜の胸へと飛び込んだ。
「黒稜様!ご無事、ですか…!」
『ああ、無事だよ』
黒稜はぎゅうっと強く桜を抱きしめた。
『桜……、無事でよかった…』
掠れたその声は、黒稜の心中を察するに容易いものだった。
(こんなにも…心配してくださるなんて……)
人に大切にされるのは、いつぶりのことだったろうか。
この二年間、桜に寄り添ってくれるものなど、誰一人いなかった。
けれどようやく桜は、大切にしてくれる人に巡り合えたのかもしれない。
「あ、あの鬼は…!」
桜が慌てて黒稜の後ろを覗き込むと、そこには何もなく、雪平が伸びているだけだった。
『あの鬼は滅した。あの程度のあやかしなど、私が本気を出せば造作もないことだ。滅したことによって、雪平との契約もなくなるだろう。私としては、雪平ごと滅しても良かったのだが』
桜はほっと胸を撫でおろす。
雪平の命は、ひとまず助かったようだった。
「黒稜様…、血が…!!」
だらんと下げた右腕から、ぼたぼたと血が流れ落ちている。
『このくらい、放っておけばよくなるだろう』
先程よりも深い傷ではあるが、徐々に傷口が塞がっていっているようにも思う。
しかし桜は祈った。
黒稜の傷が、早く癒えますように、と。
すると桜の手元に、いつか見たように温かな橙色の光が灯りそれが黒稜の傷口を覆っていく。
「これ、って……」
桜が驚いている間にも、その光は黒稜の傷を癒していた。
(この前と、同じ…?見間違いではなかった…?)
桜は驚いて顔を上げた。
「黒稜様、…っ!」
しかし顔を上げようやく黒稜の姿をしっかりと見た桜は、そこで固まった。
「え……?」
黒稜の頭の上に、大きな狐のような耳が付いていた。
後ろでゆらりとしっぽのようなふさふさした何かが、揺れたような気がした。