音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
黒稜の言葉を一言一句聴き逃さぬよう、桜はじっと黒稜を見つめる。
あやかしとは、文字通り桜の一族や黒稜の一族ら陰陽師が退治してきた、あやかしだ。
『この身体は人間とあやかしの血が混ざっている。半分人間、半分あやかしなんだ』
「半分…?」
『夜になるとあやかしの力が強くなる。だからなのだろう。聴力のないお前が、夜になると私の声を聴くことができるのは』
「あ……」
それは桜がずっと気になっていたことだった。
日中は聴こえない黒稜の声が、日が沈む頃になるとはっきりと聴こえ始める。
桜は小さい頃からあやかしの声を聴くことができた。それは聴力が失われても、失われなかった桜の潜在的な力だった。
『お前はあやかしの声を聴くことができるな?』
「はい…」
『私の声が聴こえるのは、私があやかしだからだ』
『今もはっきりと聴こえているのだろう?』と問い掛ける黒稜に、桜は「はい」と頷いた。
ずっと不思議だった。
人の言葉が聴こえなくなった桜の世界で、黒稜の言葉だけが唯一、桜に響いていた。
黒稜は申し訳なさそうに頭を下げた。
『今まで黙っていて悪かった』
「あ、いえ、そんな…」
『治癒が早いのも、私の中にあやかしの血が流れているからだ。あやかしの力は強大だからな、多少の傷くらいなら放っておけば治る』
「そう、だったのですね…」
だから黒稜は度々すぐ治る、と口にしていたのだ。あやかしの血が傷を塞いでくれるのだ。
『怖くはないのか?』
「え……?」
『私はあやかしだ。陰陽師の家系で育ったのなら、あやかしがどういう存在か分かっているだろう?』
確かに悪さをするあやかしはいる。
その悪さをするあやかしのせいで、陰陽師達が生まれたのだから。
けれど、もちろんそれだけではない。
人里に降りず、山や森でひっそりと暮らす、心優しいあやかし達だっているのだ。
桜は黒稜の藍色に光る瞳を見つめた。