音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました

 ぱっとまた場面が変わって、冬のとある日のこと。
 庭には雪が積もっていて、春に鮮やかな花を咲かせていた花壇の花達も、今は静かに眠っている。

 先程よりも少し大人っぽい顔つきになった稜介が、一番庭先に面した部屋へと盆を持って駆けて行く。
 盆の上には、湯気の立ち昇る湯呑が乗っていた。
 障子を開けると、布団に横になった桔梗の姿があった。
 顔を覗き込むように、稜介は桔梗の傍に腰を降ろす。

「大丈夫か?桔梗」
「稜介様、心配のしすぎです」
「いや、だって、しかし…」
 あわあわとする稜介に、桔梗はくすりと笑った。

「今日は少々つわりが酷いだけですわ。横になっていれば楽だから、稜介様はお仕事をされていてくださいな」
「いや、でも…」

 尚も心配そうな表情で桔梗を見る稜介の手に、桔梗はそっと自分の手を重ねた。

「稜介様、もうすぐ父親になるのですよ?そんなに落ち着きがなくてどうするのですか。生まれてくる子供に笑われてしまいます」
 桔梗の言葉に、ぐっとくぐもった声を上げる稜介。

「そ、それもそうだな。格好いい父親として、威厳のある、立派な、」
 ごにょごにょと決意表明する稜介に、桔梗は堪らず吹き出して笑ってしまった。
 御影の屋敷が笑い声で賑やかになる。
 家を駆けまわる小さなあやかし達も、楽しそうにくすくすと笑った。

 桔梗は日に日に大きくなっていく自分のお腹を、優しく慈しみながら撫でた。
「もう少しで会えるね、元気な子が生まれますよう」

< 67 / 105 >

この作品をシェア

pagetop