音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました

(ばくばくと食べてしまっていたけれど、これってもしかして、とてもお高くて質のいいものだったのでは……?)

 帝が食べるようなものを、桜が知るはずもない。しかしおそらく、自分のような一般市民とは比べものにならないような良いものを食べているのだろうと、桜は勝手に思っている。

 先程の豪快さとは打って変わってちみちみと大福を食べる桜に、黒稜は思わず吹き出した。
 桜はびっくりして黒稜を見る。

「な、何が、可笑しいの、ですか…!!」
「ふっ…すまない。さっきまであんなに大口を開けて大福を頬張っていたというのに、途端にちまちまと食べ始めるものだから、つい可笑しくてな」
 「そんなに帝からの大福がすごいのか?」と言いながらも、黒稜はまだ笑っている。

 黒稜がこんなにも笑う姿を見るのは、桜にとっては初めてだった。

(黒稜様も、こんなふうに笑うんだ……)

 いつもどこか辛そうで、仏頂面の黒稜。
元は普通の人間だったはずの黒稜があやかしになってしまったのだ。それにも何かしら理由があるのだろう。
 そんな辛い境遇の黒稜が、桜の前で初めて笑顔を見せた。桜にはそれが嬉しくて堪らなかった。
 桜もつい笑みを零してしまう。

 けれど桜には、一つだけ残念なことがあった。

(黒稜様は、どんなお声で笑われているのかしら。聴いてみたかったな、黒稜様の笑い声)

 今は少し過ぎたくらいのおやつ時。桜にはもちろん黒稜の声は聴こえていない。

(いつかまた、聴くことができるかしら…)

 聴けたらいい。こうして笑い合える日々が、続いたらいいと、桜は切に願った。

< 76 / 105 >

この作品をシェア

pagetop