音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました

 「祈りの巫女」とは、その名の通り祈りの力によって災いを退け、悪いあやかしを改心させたという、もはやお伽噺の世界の登場人物だと、桜は思っていた。

(小さい頃、祈りの巫女様の物語を絵本で読んだことがある。過去や未来を見通し、怪我をした人には優しい光で手当てをする…)

「けれどそれは、物語の中のお話では、ないのですか?」

 桜の疑問に黒稜は首を振った。

『祈りの巫女は実際に存在する。公にされることはないが、数百年に一度、過去や未来を見通し、治癒の力を使えるものが生まれる』
「私はそのようなお話、聴いたことが、ございません…」

 桜も一応有名な陰陽師の家系の生まれである。しかしそんな話は道元から一度も聴かされていない。実在するなら、桜の耳にも入っていそうなものだ。

『それはそうだろう』
 黒稜の言葉に、桜は首を傾げる。

『祈りの巫女は、どんな傷も一瞬で治すことができる。そしてその人の未来も過去も見通す。その力は帝をも凌駕すると言われている。そんな力、誰だって欲しがるだろう。祈りの巫女を手に入れるために、争いが起きたこともある』

 確かに桜の読んだ絵本でも、そのようなシーンが少し描かれていたような気がする。
 祈りの巫女の力をあらゆる国が欲しがり、戦となった。
 けれど結局その争いを沈めたのも、祈りの巫女であり、その後祈りの巫女は、小さな村で隠れるように穏やかな余生を過ごした。

(物語の中だけのお話だと思っていたけれど、史実を元にしたお話だったというの…?)

 しかもその力が桜にあるのではないか、と黒稜は言うのだ。
 桜は信じられない気持ちで、黒稜の話に耳を傾ける。

『この前のことから、そうなのではないかと思っていたのだが…どうやらそれは少しずつ確信に変わったようだ』
「…?」

『私が酷い傷を負って帰ってきた時、そして、雪平との闘いの際に負った傷を、治してくれた時のことだ。桜、自分が何をしたか覚えているか?』
「え…、ええと…」

 桜はその時のことを懸命に思い返す。

「黒稜様が大怪我をされた時、雪平との闘いで傷を負った時、どちらも、同じなのですが。ただ、祈ったのです。黒稜様の傷が、よくなりますように、と」
< 78 / 105 >

この作品をシェア

pagetop