音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
翌日。桜と黒稜は、黒稜の両親が眠る寺へとやってきた。
寺には澄んだ空気が流れていて、暖かな日差しが届く穏やかな場所に、二人は眠っていた。
桜と黒稜は花を供え、静かに手を合わせた。
「俺は両親のことをほとんど憶えていない。物心付く頃には亡くなっていたからな。ただ人伝に、どういう人間でどういう末路を辿ったのか、ということは簡単には聴いていたが…。桜は、全てを視てきたのだな…」
隣で小さく頷く桜。
「そうか……」
(素敵な二人だった…。穏やかで、互いを常に想い合っていて。けれど、それが少し変な方向にいってしまっただけ…)
きっと天国で二人は、昔みたいに仲睦まじく暮らしていることだろう。
桜は慌てて自己紹介をした。
(あっ!申し遅れました。私、黒稜様の妻となりました…、いや妻でいいのかしら?確かに妻なのだけれど、契約結婚のようなものだし、そもそも黒稜様は私のことを妻と思って下さっているのかしら…)
うーん、首を捻りながら、桜は改めて黒稜の両親へと挨拶をする。
(黒稜様にお世話になっております、桜と申します。黒稜様と仲良く暮らせますよう、精進して参ります…)
仲良く、なんて少々子供っぽかったかもしれない。しかし桜としてはもっと黒稜のことを知りたいし、仲良くなりたいしこれからも傍にいたいと思っている。
(いつからこんな風に思うようになってしまったのかしら…)
横に並ぶ黒稜をちらりと見やる。
(あやかし屋敷と噂の当主様は、半人半妖だけれど、とってもお優しい方。黒稜様が幸せに暮らせて、その幸せの中に私がいることが出来たのなら…)
そんなことを願うようになってしまった。
(人間って貪欲ね…今だって十分幸せな日々だというのに)