音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
『すっかり遅くなってしまったな。桜、帰ろう』
「はい」
花火が終わって、大勢の人々がまた動き出す。
桜はその中に一人、ぽつんとしゃがみ込む男の子のような後ろ姿を見つけた。
「黒稜様、男の子が、」
『何?』
桜はそちらに駆け寄り、しゃがみ込む男の子に声を掛ける。
男の子は目元に手を当て、泣いているようだった。
「大丈夫、ですか?」
桜はゆっくりと話し掛けた。迷子だろうか。
しかしこちらに顔を向けた男の子は、にたぁと笑った。
その表情はおおよそ人間の者ではなく、桜が距離を取る前に、男の子の腕がにょろりと伸びて、桜の腕を捉えた。
『捕まえた!』
辺りが真っ暗になり、桜を包み込む。
『桜!!!』
「黒稜様っ…!」
伸ばした手は黒稜に届くことなく、そのまま空を切った。
「黒稜…様……」
そうして忽然と、桜は黒稜の目の前から姿を消した。