音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
八章 想い
不思議な夢を視た。
御影の家の庭の片隅。大きな一本の桜の木があって、満開の桜を見上げながら、仲睦まじく寄り添う二人。
(あれ?この夢以前にも視たことがある…?)
二人の顔は見えないけれど、とても穏やかで優しい時間が流れていることが分かる。
しかしその桜の木が突如として色鮮やかな炎に包まれる。
(桜の木が……っ!)
先程まで男女がいたところに目を走らせると、女性は姿を消していて、男性がその手から炎を操り桜の木を燃やしていた。
その姿は、どこかで見たことのある姿だった。
大きな狐の耳に、ふさふさの尻尾。よく見る紺色の着物姿。
(黒稜様……っ!!)
その姿はあやかしとなった黒稜の姿だった。
「黒稜様っ…!!」
桜は勢いよく起き上がった。
(今のは何?また何か過去を見たの?それとも……)
未来に怒ることを、夢に視たのだろうか。
桜は忙しなく動く心臓を落ち着かせようと、深く呼吸を繰り返す。
(黒稜様は、どうして桜の木を燃やしていたの…?)
断片的で、全く意味をなさない夢。
祈りの巫女として、何か力が芽生え始めているのかもしれないが、あまりに断片的過ぎてこれでは回避のしようがなかった。
「あら?お目覚め?」
近くで動く気配がして、桜は慌ててそちらに顔を向けた。
そこには見たこともないほどに明るい黄色い髪をした、洋装の青年が立っていた。しかし顔立ちから察するに、外国の者ではない。髪が派手なだけでこの国の人間だろうと思われた。
「誰?」
桜はそこでようやく、自分の手足が縛られていることに気が付いた。
(ここは、どこ?)
さっと視線を巡らせる。
桜と金髪の男性がいるのは、小さな小屋の中だと思われた。御影の家ではない。このような小屋は御影の家には存在しない。であれば、どこかに連れ去られたのであろう。
桜は記憶を手繰る。
(確か、しゃがみ込んでいる男の子がいて、その男の子に声を掛けたら腕を引っ張られたんだわ。あやかしかと思ったけれど、あれはあやかしじゃない。式神だ…)