音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
「ねえ黒稜!玲子のこと聴いた!?」
「聴いたよ、正式に帝の座を継ぐのだろう。生まれた時から決まっていたこととはいえ、随分と早かったな」
「いや本当だよ!帝なんかになっちゃたら、もう気軽に会えなくなっちゃうわ」
「今だって気軽に会えるような身分でもないだろう。私達はたまたま出会っただけで、」
「それでも!私達三人は幼馴染でしょう?」
黒稜と春子の会話を、桜はきょとんと眺めていた。
(帝様って、今の帝様のこと?黒稜様、ご友人だったのね)
黒稜の話しぶりがあまりに気安いとは思っていたが、どうやら帝とは幼少の頃からの付き合いであるらしかった。
「で、結局春子は何の用だったのだ。そのような話をしにわざわざ来たのか?」
黒稜の言葉に、春子はむふふっと笑った。
そうして後ろ手に隠していたものを、じゃーんと披露する。
「これ持ってきたの!今日は満月でしょう?だからお月見でもしようかと思って!」
「十五夜でもあるまいに」
「いいでしょ?お月様はいつ見ても綺麗なんだから!」
「ささ!縁側にきたきた!」と春子に背中を押されながら、黒稜は渋々書斎から出てきた。
「まだ調べ物の途中なんだが」
「そんなのいいから!はい、お茶淹れて来て」
「私が入れるのか?」
「黒稜の家でしょう?私はお客様なのだから、もてなしなさいな」
強引な春子ではあるが、やれやれと思いながらも、黒稜は然程迷惑そうではなかった。
(仲が良いのね…)
二人の様子を微笑ましく見つめる桜。少しだけちくりと痛む胸のことは、気が付かないふりをした。
縁側に並んで座った黒稜と春子は、高く昇った月を見上げる。桜の花びらがひらひらと舞い、とても綺麗な夜だった。
春子が楽しそうにひたすらに何か話題を振っていて、それにぽつぽつと答える黒稜。
黒稜の様子を見て、桜には気が付くことがあった。
(もしかして黒稜様……)
春子がお饅頭を頬張り楽しそうに話す横顔を、黒稜は優しい眼差しで見つめていた。
(きっとそうだわ…黒稜様、春子さんが好きだったんだ…)
黒稜の優しい表情から、桜はそう思った。途端、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。
(そっか…黒稜様には、想いを寄せる方がいらしたのね……)
嫁いだその日、黒稜に『お前を愛すことは決してないだろう』と言われた桜。それはもしかしたら、もうすでに愛する人がいたからなのかもしれない。
桜の胸がズキズキと痛みだす。
(黒稜様は、本当はきっと春子さんと結ばれたかった…)
落ち込む桜の目の前で、二人が仲睦まじく笑っている。
桜の目から一筋の涙が伝うと、またいつかのように場面が一瞬で変わった。