音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
春子が庭の花々の手入れをしている。
黒稜はそれを何とはなしに眺めていた。
「よくもまぁ、他人の家の花壇なんかの手入れをしようと思うものだ」
黒稜の言葉を意に介さず、春子は楽しそうに土いじりを続ける。
「せっかくこんなに立派な花壇があるんだもの。綺麗な花が咲いていた方が、心も楽しいでしょう?」
「そういうものか」
「そういうものです」
黒稜は不思議そうに春子の様子を見ていた。
「ところで、街に新しい喫茶店が出来るそうなの。そこでわっふるって言う、外国のお菓子が食べられるんですって。黒稜は、いつか玲子も一緒に、三人で行きましょう」
「いつかな」
「今日は泊まっていこうかしら」
「何故だ」
「何故って、たまにはいいでしょう?幼馴染なのだから。その庭に面した部屋を使うから、布団の準備をしておいて」
春子の言葉に、黒稜はため息をついた。
そしてまた世界が波紋のように揺れた。
辺りの木々は青々としてきていて、先程まで綺麗に咲き誇っていた桜は、ほとんど散ってしまっていた。
紅葉にはまだ早いはずなのに、桜の足元が真っ赤に染まっていて、桜ははっとして顔を上げた。
目の前には狐のような顔をした異形の者が立っており、その足元には先程まで楽しく笑っていたはずの春子が血まみれで横たわっていた。
「え……春子、さん…?」
桜はこれが過去のことだというのも忘れ、春子に声を掛け続ける。
「春子さん!しっかりしてください!今、止血しますから…!」
桜は祈りを込めて、手をぎゅっと握り合わせる。
しかし黒稜の時のように温かな光は見えず、目の前では春子の顔色がますます悪くなっていくばかりだった。
(どうしよう!どうしたら血が止まるの!?)