音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました

 ぐったりと横たわる春子の傍で祈り続ける桜に、狐のような見た目をしたあやかしがケケケケと甲高い声で笑った。
「殺シタ殺シタ……!我々ノ仇……!!」
「仇…?」

 確かに昔から悪さをするあやかしは存在する。だからこそ陰陽師という力を持った者達がいるのだから。しかし仇とはどういうことだろうか。

「復讐のために、春子さんを襲った…?」
(どうして……?)

 春子が何をしたというのだろうか。おそらく陰陽師でもなんでもないはずの春子が襲われる理由など何もないはず……。
 そこで桜ははっとした。

「もしかして、稜介さんに殺されたあやかし達の仲間?」

 目の前のあやかしは、我々の仇、と言っていた。
 稜介は他の陰陽師を蹴落とすために、たくさんのあやかしを殺め、その血を使って呪いを作ったと思われる。
 そのあやかしの仲間が力を付け、御影の家を襲いに来た。そうしてたまたま居合わせてしまった春子があやかしの標的となってしまった…?
 桜はそう考えた。

「黒稜様…!黒稜様に伝えないと…!!」
「春子、来ているのか?」

 手に饅頭屋の包みを抱えた黒稜が、庭先へと顔を出す。
 そのまだ幼い顔が、驚愕の表情へと変わっていく。

「春子……っ!!」
 何もかもを投げ捨て、春子に駆け寄る黒稜。

「春子!しっかりしろ!春子!!」
 しかしその呼び掛けに返答はなく、春子は力なく目を瞑っている。

 呼吸の荒くなった黒稜は、冷静さを失い、近くで笑っていたあやかしに飛び掛かった。

 そこから先は、見るも無残な闘いだった。

 黒稜はすでに陰陽師として大成していたはずだが、術など一切使うことなく、あやかしを手で殴り続けた。手から血が出始めると、今度は自分の歯を使って、あやかしの身体を引き裂いていく。
 人間とは思えぬ叫びと、止むことのない血の雨に、桜は見ていられなくて強く目を瞑った。
 
 暫くして、辺りは静寂に包まれる。
 桜はゆっくりと目を開けた。

 そこには血だらけの黒稜と、同じく血だらけで倒れるあやかし。息を引き取ったと思われる、春子の姿があった。
 黒稜は力なく春子の元へとやってくると、ふらふらと傍に腰を降ろした。

「守れ、なかった……」
 黒稜の両目からぼたぼたと涙が溢れ、横たわる春子の頬を濡らす。

「春子……春……」
 黒稜少年は手から血が出るほど、拳を握りしめていた。

「黒稜、様……」
 桜の目からも涙が次々に溢れ出す。
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