音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
(知らなかった……、黒稜様にこんなに辛い過去があったなんて…)
桜を強く守ろうとしてくれていたのは、この事があったからかもしれない。
大切な者を守れなかった後悔が、黒稜の心を縛りつけているのかもしれない。
桜の傍で涙を流していた黒稜が、突然大量の血を吐き出した。
「ごほっっ…!!」
「黒稜様……っ!!!」
血を吐いた黒稜は、身体が痛むのかぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、身を捩った。
すると黒稜の頭から狐のような大きな耳が現れ、爪は鋭く、お尻にはふさふさの尻尾が現れた。
「何だ……?これは……?」
はっとした様子の黒稜は、後ろに倒れているあやかしの姿を見た。
「これは、呪いか……?」
おおよそ人間とは言い難い自分の姿に、黒稜は笑い出す。
「大切な者を守れなかった罰がこれか?!」
黒稜は手に狐火を宿すと、倒れていたあやかしを燃やした。
心が壊れたように笑い続ける黒稜。
「いいだろう!このあやかしの力で、お前達あやかしを根絶やしにしてやる」
黒稜からは見たこともない、あまりに狂気じみた表情に桜は思わず叫んだ。
「だめです!黒稜様!力にのみ込まれては…!」
過去にいる黒稜に桜の声が届くはずもないと言うのに、黒稜ははっとしたように辺りを見回した。
『黒稜を助けて』
「え……?」
春子の声が聴こえた気がして、桜は辺りを見回す。
けれど辺りにはもう何もなく、真っ白な世界が広がっているだけだった。
『黒稜を助けてあげて』
ふっと正面に春子が現れる。桜とそっくりな春子の姿が。
『黒稜のあやかしの力を沈められるのは、貴女だけ。貴女が死んだら、きっと黒稜はもうあやかしの力を抑えられなくなる。絶対に生きて。二人は幸せにならなくてはいけない』
春子の力強い言葉に、桜はこくんと頷いた。
にかっと笑った表情は、やっぱり桜とは似ても似つかなくて、きっと黒稜は春子のこういう明るいところに惹かれたのだろうなぁ、とこの状況にしては場違いなことを思った。