音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
桜がはっと目を開けると、黒稜も李央も血だらけになっており、今にも黒稜が李央を殺そうとしているところだった。
尖った爪が、李央の喉に突き刺さろうとしている。
桜は自分の喉に巻き付いている札に手を当てると、(外れて!)と念じた。
すると李央に付けられていた札が簡単に剥がれ落ちた。そうして桜は叫ぶ。
「黒稜様……!!だめです…!自分を見失っては……!!あやかしの力に負けてはいけませんっ!!」
桜の声に、はっとしたように振り返る黒稜。
『桜……?』
掴み上げていた李央を離すと、黒稜は慌てて桜の元へと駆けて来る。
『桜……っ!!!』
黒稜は痛いほどに桜を抱きしめた。
『桜……桜……』
黒稜がどうしてここまであやかしの力を暴走させてしまったのか。
桜にはその理由がやっと分かった。
(春子さんを目の前で失ったことがあるから、人を失うのが怖いんだ…)
だから黒稜は、どれだけ自分がぼろぼろになろうとも危険なあやかしから人々を守るし、桜さえ守ってくれるのだろう。
「黒稜様…」
桜は優しく黒稜の背中に手を回した。
(傷付いてばかりの優しい貴方に、私が出来ることは何かあるでしょうか…?)
黒稜の心の傷が癒えるよう、桜が強く願うと、桜と黒稜の周りに温かな光が溢れ始める。
「何だ…?この光…」
地面に転がった李央が眩しそうに桜を見上げる。
光がゆっくりと収まると、黒稜の身体の傷が跡形もなく治り、狐のようだった姿が普通の人間の姿へと戻った。