音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました

『嫌なところを見せてしまったな…』

 ふるふると首を横に振る桜。
「あの、黒稜様にとって、春子さんは…」

 若かりし日の黒稜は、春子に好意を抱いているように感じた。春子が死んでもなお、今もその気持ちを吹っ切れずにいるのではないかと、桜は思っていた。

『春子は、…親友だった。早くに両親を失い一人でいる私に、ただ家が近所だという理由だけで遊びに来ては騒いで帰っていった。本当に、変なやつだった』

 昔を思い出すかのように空を見上げる黒稜に、桜も同じように白み始めた空に視線を移した。

『私があやかしになってしまったのは、恐らくあやかしの血を浴び過ぎたせいだろう。あやかしの血は浴び過ぎると人間を異形の者に変えると言われている。どうやら言い伝えは本当だったようだ。春子を殺したあかやしの血が自分に混ざっているなんて、あまりに滑稽だろう?必死に死ぬ方法を探したさ。しかしあやかしの力は強大で、どうしても死ぬことができなかった…』

 以前目の当たりにした、黒稜の驚異的な回復能力。
 強力なあやかし故、自己回復にも長けており自死を許さなかったのだろう。

『自分の死を臨み続ける毎日だった…。毎日書斎に籠り、あやかしになってしまったこの身体をどうにかできないか模索し続けた。帝に私の処刑を頼み込んでみたりもしたのだが、それは許されなかった。あやかしの力が暴走したその時は処分すると約束はしてくれたものの、あれは結局、私が人間であった時と同じように接している。まあ、あいつのことだ、私の未来を知っているからこそ、桜、お前との結婚を進めてきたのかもしれない』

 急に自分の名前が出てきて、桜は目をぱちくりさせた。

『私は結婚など望んでいなかった。帝からの縁談も、当然何度も断っていた。しかし桜の時だけは、帝は決して譲らなかった。私の運命が良い方に進むからと、私の名前で北白河の家に手紙を出したのだ』

(あのお手紙は、帝様が……?) 

 双子の妹である弥生への縁談の手紙の中に紛れていた、一通の桜宛ての手紙。それは帝が強引に送ったものだったのだ。
< 99 / 105 >

この作品をシェア

pagetop