オレンジじゃない夕方
01
「原さん、そろそろ帰ろうか」
そう言われて、私は手を止めて用紙から顔を上げた。
窓の外を見ると、夕焼けがあるはずの所に、薄青い空が広がっている。
宵の始まりの時間、世界は独特だと思う。
「疲れた?」
さらさらの黒髪の整った顔が私を見下ろした。
敬の声は滑らかだ。敬の声は、まだ低くなっていない、子供の声だが、何かが居心地良く耳に響く。
「ううん」
「頼んでごめんね。書記役お疲れ様」
ボールペンにキャップをして筆箱にしまう。
放課後。美術室で、私がしていたのは、委員会活動のまとめの清書だった。
書記の人が風邪で学校を休んでいて、帰りのホームルームが終わった後、敬から声をかけられたのだった。
「クラス委員の時間も保護して貰わなきゃ。これじゃ部活時間がなくなっちゃうよ」
脇に置いていた鞄を引き上げようと手を伸ばしながら、敬が言った。
私は立ち上がってジャケットを羽織り、鞄に筆箱をしまった。
「私は、暇だから」
「暇って言ったって。原さん帰宅部でしょ?家で何かしてるんじゃない?」
「何もしてないよ」
「そうなの?なら良いけど。僕は、やらなきゃいけないこと多いから。」
ガラガラと戸を開けて美術室を出ると、廊下の窓から見た空も同じ色をしていた。
校門へ向かう帰宅する生徒達の姿がパラパラと見えた。