オレンジじゃない夕方
駅の近くの大きな本屋は明るかった。
新しい本の匂いに、本はどれもきれいに整然と積まれている。
敬と私は学校で待ちあわせをして、自転車で本屋まで来た。
私は本屋に来るとなんとはなしに気分が上がる。着くまでは寒かったが、敬も来ていると思うとなおさらだった。
敬は、冒険ものの特集のコーナーの前で、前に私が貸した本がないか探していた。
私が貸した本はあまり有名でないものだったので、本屋には置いてないようだった。
「原さんは、どういう事を思いながら本を買うの?」
敬は、今度はSFのコーナーを見ていた。
「私は……新しく知るものを楽しみに買ってるよ」
敬が言った。
「僕は活字追うの面倒くさくて。読む前は疲れるかどうかが気になる。」
「そっか」
「最後まで読めるの、尊敬するよ」
「慣れもあるよ」
「買ってもちゃんと読まないかもしれない。」
自分で買いたいと言って来たのに、敬はそんな事を言った。
敬は結局、SFものの有名なやつを1冊買った。私も、付き合いと楽しみのために自分用にファンタジーを選んで1冊購入した。
「読みたくないのになんで本を買うのって、聞かないの?」
駐輪場で、自転車の鍵を開けながら、敬が聞いた。
「どうして本を買うの?」
私はついそのままを聞いた。
「原さんが読書家だからだよ」
敬が呆れ顔で私を見た。
「それ」
不意を付かれてぼんやりしていた私に敬が続けて買った本を指さした。
「好き?」
「まだ分かんない」
「そう。」
そう言うと敬は、自転車に颯爽と乗った。
本屋の角を曲がって、郊外の道路に来る。
敬が漕ぐのが早いので、私は急がなければならない。
通りを行く人。すれ違う車。民家の塀から咲いた黄色い花。冬の気配。吐く息が白い。
赤信号の小さな横断歩道でやっと敬に追いついた。
振り向いた敬は、いつもの通りの澄ましたポーカーフェイスで、何を思っているのか、ちょっと分からなかった。
黒い瞳が静かに瞬きするのを見た。
突然敬が言った。
「言うと、僕原さんを好きなんだけど。」
息を飲んだ。
「私を?」
「うん。」
夕暮れになる手前の青とオレンジ色の空が、私の視界を染めていく。
敬が微笑んだ。
「気付いてくれなかったよね。」
おわり