病魔に蝕まれた私があやかしの白鬼に花を手向ける

 屋敷に着くと泉澄や泰生に対し「おかえりなさいませ」と頭を下げている使用人達が、淳の姿を見るといつものように冷たい視線を送る。そんな態度を取られても淳は使用人達に声をかけた。

「いつも綺麗にしてくれてありがとうございます」
「「……」」

 使用人達は正直戸惑った。何故自分達は彼女をこんなに嫌ってしまうのだろうか?彼女は何かしただろうか。身体は痩せ細り、青白い顔をした淳がいつも優しく声をかけてくれているのに。

「淳様……お身体は大丈夫でしょうか?」

 使用人の一人の女が初めて淳に声をかけ、その言葉が聞こえた泉澄と泰生が顔を見合わせる。

「はい、大丈夫です。皆様のお陰で何とか生きてます」

 遠回しの嫌味とも取れる淳の言葉に使用人の女は目線を反らすことしか出来なかった。自分達の嫌がらせで死にそうですとも読めそうな言葉に、今更ながら自分達の悪事を思い返して後悔する。

「あの大丈夫ですか?お顔が真っ青で体調が悪いんじゃないですか!?少しお休みした方が良いですよ?泉澄様、いいですよね?」
「あ、あぁ」

 顔色の悪い使用人の女に向けて、それ以上に青白い顔をした淳に優しい声をかけられて余計に混乱する。

「……本当に今まで申し訳ございませんでした」

 夜蜘蛛だからと虐め、夜蜘蛛だからと毛嫌いしていた。理由のようで理由じゃない、憑き物が落ちたかのように心からの謝罪をする。

 ──淳様は、心優しき思いやりのある女性であった


 女は他の使用人達と一緒に深々と頭を下げ、その場を離れる。最後まで淳は彼女の様子を心配していたが、泉澄と泰生は今見た光景にある疑問が浮かぶ。

「……泉澄様」
「……分かってる。恐らく夜蜘蛛の特性が薄まっている。それも急激に」
「明日まで持つでしょうか」
「……」


 夜蜘蛛の特性が薄まっている

 恐らく淳の命が消えかけているということだった。そしてその心配は現実のものとなる。


 ──ガクッ


 膝から崩れ落ち、無意識に廊下に倒れ込む淳の身体は依然と同じく発作に襲われる。おばばの異能で抑えていた力の効果が効かないということは、

 とうとう淳の命が終わりを迎えようとしていた。


「泰生!!」
「分かっております」

 以前の発作とは違い、倒れ込んでも意識はあったが今回の発作では淳は気を失っていた。
 名前を呼ばれた泰生が治癒の異能を使うが淳は目を覚まさない。

「泉澄様……空狐の異能が効かないのであれば、私の異能など到底……」

 気を失っている淳を支える泰生に、珍しく焦りが見えるほど緊迫していた。騒ぎを駆けつけた使用人達も心配そうに見守っている。

「……なぁ、本当に救う手だては無いのか?このまま淳は消えてしまうのか?」

 泉澄が目を閉じている淳の顔を、悔しさと自分の無力な手で優しく頬を撫でる。頬にはまだ生きている証の暖かさを感じられるのに。

 何故淳を選んだのだ、神よ
 俺が祈祷していた日々は無駄だったのか

 意識が戻らないこの最悪の状況の中、騒ぎを駆けつけたトモヨが更に最悪なことを口にした。

「坊っちゃん……宝生様がお見えになるそうです」
「こんな時にか!?」

 こうなる事を予想されていたのだろうか、トモヨが更に付け加える。

「誓約書によりますと、婚約を結んでからおよそ──年で必然的に夫婦になると記載されております。今がその時期ではないかと……」

 迫る淳の絶命に迫る泉澄と志紅との結婚。

 正直何もかもがどうすることも出来ない状況に、何一つ解決策の糸口が見えず、気付くと屋敷にいる全員が頭を抱えていた。

「泉澄様には淳様しかおりません」
「でも淳様のお身体が……」

 我に返ったかのような使用人達も淳と泉澄を前に口々に心配する声。

「坊っちゃん……我々は貴方と運命共同体でございます。使用人一同、坊っちゃんのご命令通りに従います」

 トモヨが使用人達と一緒になって頭を下げる。

「淳を頼む」

 目を覚まさない淳をトモヨ達に任せ、泉澄と泰生は五龍神田の紋章が入った神社へと車で移動する。
 何をしでかすか分からない志紅を淳に近づけさせたくない考えだった。泉澄の霊気は隠れようも無い程高まっており、志紅ともなると霊気で居場所を把握出来る為連絡は不要だ。

 秋は陽が落ちるのが早くなる。
 夕方にしては既に夜の顔が覗き込むような空の色。風は不気味過ぎるほど無風だった。

「……なぁ泰生。俺の行動は間違えてたか?忠誠を誓った関係では無く、今は幼なじみとしての意見を聞きたい」
「……そうですね。私は恋愛経験が乏しいので何とも言えないのですが、使用人達の嫌がらせには私は気付いておりました。泉澄様の知らない所で彼女を治癒しておりましたから」
「……そうだったのか」
「私も浅はかな考えでありました。使用人達の嫌がらせより彼女が怪我をするより、貴方が怒る所を見たくなかった。泉澄様の異能は恐怖でもありますから」

 そう話す泰生は、今は幼少期からずっと一緒に過ごしてきた「友」としての本音を泉澄に伝える。

「恋は盲目と言った言葉があるように、泉澄様は明らかに周りの状況が見えて無かったと思います。お相手の淳様にすら、明らかに衰弱しているのを感じない程に……」
「俺は夫失格かもな」
「じゃあ誓約書通りに宝生様と婚姻を結びますか?」

 無風だった風が突然強く吹き始め、神社の周りを囲っている緑達がサワサワと大きな音で何かを警告しているように思えた。



「夫失格でも、俺が生涯愛するのは淳だけだ」

 泉澄が一生変わることのない決意を視線の先に現れた女性、そして未だに目を覚まさない淳に向けて真っ直ぐな思いで言葉にする。


「五龍神田様、お出迎え感謝致しますわ」

 木々達が更にざわつき突き刺さるような空気の中、左右の眼の色が違う志紅が着物姿で表れた。本来着物には美しい柄が描かれているものが多いが、志紅は毒々しい血の色に染まった赤色の無地の着物を着ており、背紋と袖紋の二箇所に宝生家の家紋が白く染められていた。

 セミロングだった髪は上品にヘアアレンジされ、今まで何度も顔を合わせていたが今日が一番美しい顔をしており、その美貌に泰生は息を呑む。

 しかし泉澄はそんな美しい志紅には眼中に無い。

「宝生志紅、この関係を終わらせに来た」
「私もです。婚約の関係を終わらせ、本物の夫婦になって頂きますわ」
「……貴様が本物と口に出すな。本物は淳だけだ」

 お互いの霊気を最初から限界値まで高め、五龍神田と宝生との決戦が今まさに始まろうとしていた。





「……淳様!?良かった、お目覚めになられましたか?」
「……泉澄様は?」

 自室のベッドで横になっていた淳がゆっくりと目を覚まし、心配そうに見守っていたトモヨや使用人達が安堵する。

「今は五龍神田の神社で……宝生様と……」
「……行かなきゃ」
「駄目でございます!淳様はここで休んでましょう」

 トモヨが声をかけるが淳はその声を振りほどき、ゆっくりと身体を起こしてヨロヨロと歩き始める。

「淳様!!」



「死ぬ時は彼の傍で死なせて下さい」

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