病魔に蝕まれた私があやかしの白鬼に花を手向ける

 虹色の龍と呼ばれているが、例えるならシャボン玉のような構造色に近い透明で、光が反射的に見える虹色。
 大きさはどれ程あるのだろうか、長い胴体が螺旋のように巻いてあり、全長はおよそ三十メートル以上はありそうだった。
 長く立派な角に、口元の横には白くてヒゲのようなものが(なび)いている。鋭い爪に、胴体はとても太く鱗で覆われていた。

 我々が思い描く想像通りだった龍の姿。大きさも然ることながら、龍のあまりの迫力と言葉に出来ない程の光輝く生物に、三人は息を呑む。

「要件ハ?ソコノ童ヨ」

 龍が声を発したわけでも無いのに頭の中から今まで聞いたことのない低音、というよりまるで加工されたかのような低い声が頭の中から響いてくる。

「まさか会話をしている……?泉澄様はご無事なのか?」

 泰生が額に手を置きながら龍の放つ霊気に圧倒されつつ、未だに姿が確認出来ない泉澄を探す。


 それは数分前、泉澄が祈りを唱えていると、突然建物が小刻みに揺れてきたかと思えば並べられた御神体と骨が激しく熱を帯びた瞬間、激しい爆発音を感じた。
 普通の人間なら木っ端微塵になるほどの強い爆風だろうが、泉澄は両腕を交差して顔を隠しながら身体が飛ばされない様に下半身を踏ん張り、必死で状況を確認する。

 爆風で吹き飛ばされた神殿の中央に、白い袴姿の泉澄と、透明の虹色に輝く龍が姿を表し泉澄は一先ず召還が成功した事に安堵する。

「……本当におとぎ話のような龍だな。しかし美しい」

 未知なる脅威な存在に、泉澄は恐怖心を誤魔化すように独り言を話す。

 目の前にいる白鬼をジッと見ながら、先ほど頭の中で聴こえた言葉を龍は白鬼に問いかける。

「病で亡くなった夜蜘蛛の妻を生き返らせたいのだ」

 泉澄は大きく空に浮く龍の目を力強く見つめ、虹色の龍に向けて嘆願する。
 そして、その返事がまたしても頭の中から響くように聞こえてくる。


「ナラヌ。ソイツノ天命ダッタノダロウ」
「……っ!!」

 おとぎ話の生物を召還させ、可能性が直ぐ目の前にあるのにこのまま諦めたくない。しかし反応次第では、淳を生き返らせる処か自分が命を落とされてもおかしくない。
 だが泉澄の命は既に淳と出逢ってから考えが変わり、覚悟はとっくに決めている。

 淳がいないこの世に未練なんて無い

「虹の龍よ!!願いの代償が必要ならこの白鬼の五龍神田泉澄の命を捧げよう。頼む、淳を生き返らせてくれ!」

 それは五龍神田泉澄の一大決心、魂の叫びだった。何度でも言ってやる、淳を生き返らせたい。──俺の命と引き換えに。

「……定メラレタ命ヲ伸バスナド、神ニ抗ウコトダ」


「虹の龍」

 見た者はこの世に一人もいない。古い歴史の書物や、おとぎ話に使われるほど空想の存在とされてきた。召還の方法は想像で書かれた、所詮贋作に過ぎない。
 神の使い、いや、もしかしたら神そのものかもしれない。
 願いが叶うと言い伝えられてきたのは、虹の龍が地上に現れること等あり得ない事から、万が一姿を現した場合はそれは願いが叶うと同じくらいの奇跡と言う意味での事だった。

 実体を顕にした虹の龍は希望か、それとも絶望なのか。

「今ここで俺がお前に頼み事をするのも、運命とやらで決められているんだろう?じゃあ抗っていない」
「……屁理屈ダナ」
「……俺の運命は神が決めることじゃない、俺自身だ!」

 泉澄が着装していた白い袴が激しく揺れる。
 淳を生き返らせないのなら、力ずくでも虹の龍であろうと闘うのみ。

 白鬼のあやかしの存在も生きる伝説。その異能は神を怒らせるのと同じと言われてきたが、いざ本物の神に近い龍を目の前にして、白鬼ですら赤子のような無力さ。

 だが逃げない
 淳の為なら自分の命を引き換えても良いと決めていたから

「貴様ノ魂ガ地獄ニ堕チル覚悟ハアルカ?」
「愚問。地獄の中で永遠に拷問される覚悟もしてる」


 童メ、地獄ノ本当ノ意味モ知ラヌ愚カナ者ヨ


 そんな言葉が全員の頭の中から聞こえたと思った瞬間、虹の龍の口が大きく開き、口から(まばゆ)い光が泉澄を襲う。
 まるで光の空間にいるような、目を強く閉じても白く濁ったように見える感覚。

 ──駄目か……やられるのか


 ──淳 せめてお前の笑った顔を最後に思い浮かべて逝きたい


 ……淳と出会った時の事は昨日の様に思い出すよ。地面でしゃがみこみ、初めて見た時涙で頬が濡れていた。夜蜘蛛だとは直ぐに気付き、お前もその事を引け目に感じていたな。
 お前の素性を調べた時、お前が蠱毒虫に侵されていたのを知り、残り少ない余命を聞いた時正直頭が真っ白になった。
 奇跡とも呼ばれる本物と巡り逢えたのに治療が見つからず、焦りと淳の想いが大きくなって後悔があるとするならば、淳を苦しめさせた事だ。
 愛していたのは確かなのに、お前の気持ちは二の次になっていた事は白状するよ。ただ分かって欲しい。何もかもが見えなくなるくらいお前の事が愛しくて堪らなかったんだ。

 助けたかった
 俺と一緒にいて欲しかった

 この気持ちは今でも変わらない。小柄で小さく、歯を見せて照れたように笑う、お前の笑顔をもう一度会って抱き締めたい。

 泉澄様

 淳が俺を呼ぶ声
 俺の愛しい人の声、叶うならもう一度聞きたかった


 俺の願いは叶わなくても


 淳は生き返らせてもらうぞ、虹の龍よ。神よ、これが運命なんだろ!


 全ての空間が光に包まれ、夜だと言うのに数秒間世界全てが太陽に照らされた。いや、太陽よりも神々しい明かりが空や大地、海を埋め尽くした。
 近くにいた泰生、志紅、淳の母親はあまりの眩しさに強く目を閉じ、身体が動かない。声も出せない。

 ──泉澄様!!

 泰生は経験したことが無いこの状況に危惧し、泉澄の安否を願う。その光が虹の龍の場所からゆっくりと消えていき、夜の空が顔を出していく。
 そこには虹の龍の姿は消滅し、崩壊された神殿の姿だけがそこにあった。
 泰生と志紅は慌てて泉澄の場所へ向かう。

「五龍神田様の気配が……っ!」
「頼む……頼む頼む頼む。泉澄様……」

 二人は薄々気付いていたが、崩壊された神殿の前でうつ伏せで倒れている泉澄の姿を確認し、急いで泰生は泉澄の身体に触れる。

「泉澄様!泉澄様!!」

 泉澄は目を閉じており、顔には擦り傷や切り傷、白い袴には所々泉澄の血液が付着していた。恐らく虹の龍が現れる時に起きた爆風で建物の破片を浴びたのだろう。

「泰生様、治癒を!早く!」

 志紅が急かすように泰生に声をかけ、泰生も言われる前から掌に霊気を溜めて治癒の異能の準備をしたいた。
 しかし二人共本当は気付いていたのだ。


 泉澄は二度と目を醒まさないことを


「五龍神田様!五龍神田様!お願いしますわ!目を開けて下さいませ!五龍神田様!」

 志紅の綺麗な着物が汚れてしまう程泉澄の身体に身を寄せ、懸命に声をかける。泰生も泉澄の心臓のあたりを全身全霊で治癒の異能を使うが、どう動いても泉澄の身体は反応が無い。

「私が……私のせいで五龍神田様が……!」

 おとぎ話を持ちかけ、宝生が家宝にしていた骨を渡した自分に責任があると、強い後悔が志紅を押し寄せる。

「……宝生様違います。泉澄様が望まれたことですから」

 そう言いながら異能の力を止めない泰生。

 こうなる事を予測していたようでしていなかった。してしまった儀式は禁忌と同じ。まさか神の使いを召還するなど思っても見なかった。それがまさか、泉澄の父親と同じく命を落とすなど。


「……泉澄様?」

 後ろから聞こえた見覚えあるその小さな声に、二人は思わず反応して振り向く。

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