『世界一の物語』 ~夢犬・フランソワの大冒険~
プロローグ(世界一の美女と愛犬フランソワ)
        ☆ プロローグ ☆

 私はいつも眠る前に本を読むの。
 昨日読んだのはね、世界一美しい女の人のお話よ。
 名前は(うつくし)椙子(すぎこ)さん。
 肌にはシミひとつなくて真っ白で、艶々としたキメ細かな肌で、赤ちゃんのお尻のようなプルンとした肌なの。
 それに、細い眉と二重の瞼につぶらな瞳で、鼻筋はすっと伸びていて、頬は丸みを帯びているんだけど、顎はシャープなの。
 おまけにスタイル抜群で、その上、語学も完璧なの。
 英語は勿論、フランス語もドイツ語もイタリア語もスペイン語もポルトガル語もペラペラだし、韓国語と中国語とアラビア語も日常会話程度ならOKなの。
 だから、自動翻訳機なんて必要ないの。
 でも、それだけではないの。
 ピアノの腕前も凄いの。
 ヤマハのグランドピアノを弾いているんだけど、ベートーベンの『ピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15』を誰よりも上手に弾きこなせるの。

 そうそう、こんなことが書いてあったわ。
 椙子さんがベートーベンとお話ししているの。
「あ~、ベートーベン、あなたの音に包まれているこの瞬間がわたしの至福の時。あ~、ベートーベン、わたしはあなたの虜よ。だけど、ベートーベン、何故あなたはわたしの時代に居ないの? 何故わたしの目の前にいないの? 何故わたしに教えて下さらないの? でも、わたしにはわかるの。あなたが導いて下さっていることを。あなたが見守っていて下さることを。あ~、ベートーベン、いつまでもわたしの傍に」。そしてね、「今日も最高の演奏ができたわ。わたし以上にこの曲を弾きこなせる人はいないの。完璧という言葉はわたしのためにあるのよ」って言うの。
 笑っちゃったけど、ここまで言い切るのって凄いと思わない?

 でもね、それで終わりではないの。
 バイオリンも上手なの。
『カノン』とか『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』とかを目を瞑っても演奏できるの。
 それに、ドラム演奏も凄くて、ローリングを始めたら圧倒されるほどなの。
 羨ましいわよね。
 お金持ちのお嬢さんで、何でもできちゃうんだから、向かうところ敵なしよね。
 因みに、ピアノは2,000万円なんだけど、「フェラーリ1台よりも安いからね」ってパパがカード1回払いで買ってくれるの。
 読んでて、ため息が出ちゃった。
 だから、本を閉じた時に「いいな~、私も椙子さんみたいになりたいな~」って思ったの。
 そのせいか、本を枕元に置いて眠ったら、夢の中に美椙子さんと私が出てきたの。
 メッチャきれいだったわよ。
 信じられないくらい、きれい。
 それでも心配なのか、鏡に向かって質問するの。
「鏡よ鏡、この世でわたしより美しい女性がいたら教えて?」って。
 するとね、「椙子様、この世で最も美しい女性は、あなた様です」って鏡が答えるの。
 すると、にっこり笑って「当然よね」って言うの。
 私もそんなこと言ってみたい。

 そうそう、ダンスも凄いのよ。
 椙子さん専用のダンススタジオがあってね、そこで1時間くらい踊るんだけど、まったく息が上がらないの。
 それに、スピンはまったく軸がぶれなくて、思わず見惚れちゃった。
 それが終わるとね、おっきなプライベート・プールで泳ぐのよ。
 これも凄いの。
 クロールもバタフライも背泳ぎも平泳ぎも完璧なの。
 速いだけではなくて、フォームがメッチャきれいなの。
 天は椙子さんに何物与えているんだろうって、嫉妬しちゃった。

 私はプールサイドで爪を噛みながら見てたんだけど、椙子さんがプールから上がると小さな犬が近寄ってきたの。
 白くてかわいいホワイトテリアで、名前はフランソワ。
 私が抱き上げてスリスリしたらとっても喜んで、甘えた声を出して遊びたそうにしたの。
 だから離してやると、ぴょんぴょん飛び跳ねて、追いかけっこしようって誘ってくるの。
 待って~、って走り出したんだけど、その時びっくりするようなことが起こったの。
 急に空が暗くなったと思ったら竜巻がやってきて、フランソワを巻き上げたの。
 お空に昇って行ったのよ。
 突然のことにあんぐりしちゃったけど、横を見たら椙子さんが「竜巻と共に去りぬ」って言って手を振っていたの。
 だから私も振ろうとしたんだけど、そこで目が覚めたの。
 夢が終わっちゃったのよ。
 もう一度目を瞑ったけど、ダメだった。
 だから、今夜はフランソワの夢を見るの。
 あのあと、どうなったのか知りたいから、なんとしてでも見るの。
 もしかしたら椙子さんも出てくれるかもしれないし、そうなったら嬉しいでしょう。
 でも、それって欲張り過ぎかな? 
 だけど、「一生懸命お願いしたら思いは叶うのよ」ってママがいつも言ってるから、それを信じて、本を枕元に置いて目を瞑るね。
 おやすみなさい。

 
 
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