『世界一の物語』 ~夢犬・フランソワの大冒険~
「着いたみたいね」
 あっという間に美家の上空に達し、ホバリングが始まった。
 そして、玄関前の広いロータリーに爆音を轟かせて着陸した。
 すると、軽子が血相を変えて家から飛び出してきた。
「よっ」
 澄まし顔でヘリコプターから降りたフランソワが、額につけた肉球を映画俳優のようにキザに動かした。
「フランソワ……」
 軽子が口を大きく開けた。
 鷲に食べられたとばかり思っていたのだろう。
 しかし、すぐに「まさか幽霊じゃないわよね?」とフランソワの鼻を思い切り抓った。
 余りの痛さに飛び上がった。
 鼻は犬の急所なのだ。
 顔をしかめていると、軽子の目つきが変わった。
 その目には〈仕返しができる〉という文字が浮かんでいるように見えた。
 怨念(おんねん)が忘却の彼方から戻ってきたようだった。
「私を突き落とした憎き奴!」 
 叫ぶように発した軽子の犬歯がキラリと光った。
 それを見て、フランソワはニヤリと笑った。
「まだまだ未熟者よの~」
 敵意を隠そうともしない軽子を一瞥(いちべつ)した。
「能ある犬は牙を隠す!」
「うるさい!」
 憎々しい目になった軽子がフランソワを睨みつけた。
「まあまあ」
 火花を散らすフランソワと軽子の間に玉留が割り込んだ。
「椙子さんにお目にかかりたいのですが」
「えっ、でも、椙子様は……」
 言い淀んだあと、軽子が衝撃的なことを口にした。
「露見呂嗚留様とのハネムーンに出かけられました」
 えっ! 
 ハネムーン? 
 椙子様と呂嗚流が? 
 そんなこと……、
 動揺して視線を玉留に向けると、目が点になっていた。
 そして、白目になったと思ったら、崩れるように地面に落ちた。
「しっかりして」
 助けようとして一歩踏み出したフランソワだったが、足元がおぼつかなかった。
 動揺が足にきていた。
 それが頭に及ぶのに時間はかからなかった。
 目の前が真っ白になって、耳から音が消えた。
 
 
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