『世界一の物語』 ~夢犬・フランソワの大冒険~
「太陽の光は気持ちが良いのう」
 一日一回海面に浮かぶ人工島で日光浴をするのが富裸豚の日課だった。
 その人工島は可動式の上、高度なステルス技術で守られ、他国のレーダー探査から逃れることができるものだった。
 しかも、特殊な透明化技術により、上空から肉眼で見ても人工島も人間も見えないようにしているのだ。
 上空から見えるのは海だけなのだ。
 
「この砂浜に寝そべると極楽じゃ」
 ホワイトヘブン・ビーチの純白の砂を上回る世界一キメ細かい砂のサラサラとした感触が富裸豚のお気に入りだった。
 その上、日焼け止めクリーム塗布マッサージを受けて最高に気持ちよくなった富裸豚は、ゴールデンアイズという名前のカクテルを楽しむことにした。

 侍従が(うやうや)しく運んできた。
 カクテルグラスを受け取り、一口飲んでニンマリしていると、沖に波しぶきが見えた。
 それに気づいた侍従と護衛隊に緊張が走った。
 富裸豚は常に狙われており、いつ暗殺者が現れてもおかしくないのだ。
 護衛隊長はすぐに指示を出して臨戦態勢に入ったが、「シャチに乗った犬が」とその姿を一番先に確認したのは富裸豚だった。
 彼の視力は8.8だった。
 
 猛スピードで近づいてきた巨大なシャチが人工島の砂浜に気づいたのか、急ブレーキをかけた。
 その瞬間、反動で飛び上がった犬が見事なひねり技を決めて着地した。
 前方伸身宙返り3回ひねりだった。
 シライ2か! 
 満点!
 富裸豚が砂浜に世界最高点を記した。
「名犬フランソワ参上!」
 富裸豚の前でひざまずいた。
「何奴?」
 護衛隊長がレーザー銃を向けた。
 その瞬間、フランソワは飛び上がり、後方伸身宙返り四回ひねりを決めた。  
 シライ!
 富裸豚がまたも満点をつけた。

「怪しいものではございません」
 にじり寄る護衛隊長を手で制した。
「日本から海を渡ってやってまいりました」

 ロープで縛られた状態でプールの排水溝に吸い込まれたフランソワは、下水道に流され、その後、太平洋に到達した。
 そこでウミガメに出会い、海中を甲羅に乗って東へ進んだ。
 ウミガメが呼吸のために浮上した時、偶然イルカに出会い、フランソワは背ビレにつかまって更に東進した。
 そのイルカをシャチが襲ったが、フランソワは間一髪難を逃れて、シャチの背にまたがった。
 そして、富裸豚が日光浴をしている人工島に辿り着いたのだ。
 
「下水道の中を、そして、太平洋の海中を、どうやって生き延びてきたのだ」
 フランソワは答えず、自らの首のあたりを指差した。
「まさか?」
 富裸豚は驚きの余り口が全開になったが、目は一点を見つめていた。
「なんで犬にエラが……」
 フランソワは不敵に笑った。
「環境変化に即応したのです」
 ダーウィンの進化論……、
 富裸豚は天を仰いでから、誰もが知る有名な言葉を口にした。
「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るのでもない。唯一生き残ることができるのは変化できる者である」
「御意」
 フランソワが、かしづいた。

 ん? 
 それにしても、
 富裸豚の頭にもう一つの疑問が浮かんだ。
「ロープはどうした?」
 フランソワはロープでぐるぐる巻きにされてプールに放り込まれたのだ。
「縄抜けの術を使いました」
「縄抜け? もしかして、お主は忍者か?」
「伊賀の出身にございます」
 フランソワが前足の肉球を合わせた瞬間、目くらましが炸裂し、姿を消した。
「出会え、出会え!」
 護衛隊長が声を荒げると、隊員たちは右往左往バタバタと走り回ってフランソワを探した。
 しかし、その姿を見つけることはできなかった。
 少しして目くらましの煙が晴れると、フランソワの姿が見えた。
 富裸豚の太鼓腹の上にちょこんと座っていた。
 
 
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