『世界一の物語』 ~夢犬・フランソワの大冒険~
 1分が1時間にも感じられるほどの時を経て、プライベート救急車が美家に到着した。
 椙子は車から飛び降りて、鬼気迫る表情でインターフォンの前に立った。
「お嬢様!」
 モニター画面に映った椙子の顔を見て驚いたのか、軽子が大きな声を出した。

「呂嗚流様!!」
 変わり果てた呂嗚流の姿を見て、軽子は腰を抜かしそうになった。
「どうしちゃったのですか?」
 自分が首を締めすぎてこうなったとは話せない椙子は何も答えず、「日本中の名医を集めなさい。呂嗚流様を復活させることができる名医を!」と命じた。
 命じただけでなく、椙子自身もあらゆる手を尽くして治療を試みた。

 しかし、呂嗚流の状態に変化はみられなかった。
 日本中の名医をもってしても呂嗚流は復活しなかった。
 最新治療を施しても、まったく反応しないのだ。
 相変わらず口に泡を貯めて、白目を剥いた状態が続いているのだ。
 椙子ができることは、プールサイドで彼を日光浴させることだけだった。
 こんな姿になって……、
 何本もの点滴に繋がれた両腕が痛ましかった。
 わたしのせいで……、
 涙の枯れた両目から悔恨(かいこん)がしたたり落ちた。
「神様、もしいらっしゃるなら、わたしを身代わりにしてください。呂嗚流様が助かるのならわたしの命はどうなっても……」
 しかし、椙子がどんなに祈っても、どんなにすがっても、呂嗚流の体に変化は起こらなかった。


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