スタァ・プレイ~舞台少女のナイショの願い~
第3話 ふたりの想い
○体育の授業中・体育館
10月初旬。授業の描写から。服装は長袖ジャージとハーフパンツ。星蘭はサイドに前髪を流している髪型。美晴はポニーテール。美晴と体育の授業中であり、休憩をしているため床に座って話をしている。
美晴「あれからどうなの? 園田くんの様子は」
星蘭は遠目に遥斗を見ている。体育ではバレーボールをしている。背の高い遥斗は遠くから見ても目立っている。
星蘭「お芝居が純粋に好きみたいで、演劇部でも楽しそうに練習しているよ」
美晴「へえ。そうなんだ。てっきり星蘭の追っかけで入っただけかと思っていたよ」
星蘭「まさか! そんなことないでしょ」
美晴「意外とあると思うけどな~私は」
星蘭「そう……?」
美晴にそう言われると、星蘭は遥斗のことが気になってしまう。
体育座りをして顔を埋めながら遥斗がクラスメイトとバレーボールをしている姿を眺める。
少しだけ遥斗の見え方が変わって、きらきら輝いて特別に見える気がする星蘭。そんな自分を否定しようと首を横に振る。
美晴「星蘭が認める園田くんの演劇、観てみたいな。次の公演っていつ頃?」
星蘭「うーん。陽栄高校との合同公演かな。地域の小学生が対象の作品になるみたいだけど」
美晴「それ、私も行っていいやつ? 部活がない日なら行きたい!」
星蘭「小学生が対象の内容ってだけだから、小学生以外も観劇できるよ!」
美晴「そうなんだ! 楽しみ~」
星蘭「12月の初週日曜日だったかな。近くなったらまた声かけるね」
美晴「うん! よろしく頼むよ~」
遠くのコートでは遥斗と内村たちのチームが運動の苦手な男子をカバーしながら点数を取っている様子。
星蘭と美晴はしばらくその様子を見ている。
星蘭「遥斗、私を超す男役になるつもりなのかな……」
星蘭は俯きながら小さく呟く。
美晴「ライバルってわけね。でも、星蘭を超したいってことはさ、園田くんの目標になるのってことでしょ? すごいことじゃん」
星蘭「うーん……なんだろう。言葉にするのは難しいな」
星蘭がうーんと唸りながら腕組みをしている。美晴はその様子を【いつもの始まったよ】と笑いながら見ている。
星蘭「私の立場が危うくなっちゃうのかなって思っているんだ」
美晴「そうなの?」
星蘭「うん。私、遥斗の演技に、世界に引き込まれちゃったんだ」
星蘭は体験入部の時の遥斗の演技を思い出す。
星蘭「私が考えていたシンデレラの王子とはまた違った王子。力強くて独占欲が強い王子って新しくて……良かった」
美晴「でもそれは園田くんが考えた王子なんでしょ? 星蘭は星蘭が思う王子を演じた。人それぞれじゃん」
星蘭「そうなんだけどさー……」
遥斗が視線を感じてふたりを見る。遥斗は星蘭と美晴の方を見て小さく手を振って笑いかけた。
美晴「なんだありゃ。可愛い、はははっ」
星蘭(遥斗~……ッ!)
星蘭は恥ずかしさと怒りと恐れと、とたくさんの感情を抱きながら心の中で遥斗の名を叫ぶ。
星蘭「あの時、遥斗のお芝居が好きになっちゃったんだ。もっと一緒にお芝居したいって。稽古も楽しくてさ」
美晴「へぇ。なんか良かった」
星蘭「え?」
美晴「だって星蘭、今まで女子がメインだったから男役してたじゃん?」
星蘭「そうだね。男子の先輩もいたけどピンチヒッターでセリフ少ない男性キャラクターをやってもらってた感じだったし……」
男子の先輩2人が衣装を着て演じる描写。真面目そうな職人の雰囲気。普段は大道具や音響をしている。
美晴「そうそう。だから、同じようにキャストをやりたくてやっている男役を担当する仲間が同じチームにできて安心したの」
星蘭「安心……?」
美晴「うん。星蘭、今まで別格みたいな感じで扱われてきたでしょ? 女子からは王子様みたいに見られていたし」
星蘭「たしかにそうかもね……私、それ以来ずっとカッコイイ男役ばっかりやってきてたな。今思うと」
美晴「でしょ? だから、園田くんが入ってきて、星蘭も違う雰囲気の役に挑戦できるんじゃないかなって」
星蘭「違う役、か……」
星蘭は今まで自分の役割だと思っていた『女子にとっての理想の王子様』像を頭の中に思い浮かべる描写。
星蘭(M)【そう。美晴の言う通り。私は女の子を守る王子様であることを求められてきた。】
【それを演じることが私の価値だと思ってきた……】
○回想
星蘭(M)【私がかっこいい女子であろうとすればするほど、周りのみんなは喜んでくれた】
【男役は好き。美しくてキラキラしていて、うっとりしてしまうような男性を演じるのが楽しいから】
可愛い服を着てみて自分の部屋の鏡の前に立つ星蘭。
星蘭(M)【可愛い自分なんて想像ができない。男子の平均身長よりも背が高い私には似合わないと思った】
いつものメンズライクな服装の星蘭。周りにはメロメロしている女子生徒。
遥斗『星蘭をヒロインにしてみせる。それが俺が演劇部に入る理由。星蘭を超す男性役になればいいんだろ?』
星蘭(M)【王子であり続けることは、私にしかできない使命なのだと思った。それなのに……あの言葉が忘れられない】
【あんなに可愛い小動物のようだった遥斗が、こんな逞しい男子になっているとも思わなかった】
遥斗『それに小さくて弱っちいの、コンプレックスだったから今の方が気に入っているよ』
幼少期の遥斗の様子。瞳が大きくぱっちりとしていて中性的な可愛らしい顔立ち。真っ白な手足。
色素が薄く、瞳は焦げ茶色。
星蘭(M)【遥斗は可愛い男の子としてモテていた。けど、それがコンプレックスだったなんて知らなかった】
【私も、変わってもいいの?】
遥斗の真剣な眼差しが星蘭を貫くような描写。スポットを浴びるヒロインとヒーローのような、舞台の一場面のような演出。
星蘭は遥斗のことが恋愛的に惹かれていると同時に、自分を変えてくれようとしている存在であることを自覚している。
─回想終了─
美晴「そういえば、陽栄高校との合同公演ってどういうのやるの?」
星蘭「ハロウィンにちなんだ演目で、吸血鬼伯爵と人間の花嫁の種族違いの恋のお話かな。詳しくは言えないけど」
美晴「へぇ~! 面白そう! 配役は?」
星蘭「主人公の伯爵は他校生徒で、花嫁役はうちの1年生の子。私は伯爵の弟役で、遥斗は花嫁の兄役」
美晴「これはもう配役の時点で萌えるわ……」
星蘭「ん? 何か言った?」
美晴「ううん! なんでもない!」
ピピーとホイッスルの音がして、遥斗たちの試合が終了した合図があった。
先生「はい次のグループ~! 得点とラインズマンは今のグループからやる人決めてね」
星蘭「あ。次私たちだね。行こっか」
美晴「うん!」
星蘭と美晴がバレーボールを楽しんでいる様子。
遥斗は内村と会話しながら微笑ましくその様子を眺めている。
内村「そういえば、園田って剣崎さんと幼馴染って言ってたけど……」
遥斗「そうだけど?」
内村「好きなの?」
遥斗「はっ、えっ?!」
内村「いつも気にかけているようだし」
遥斗(こいつ……)
遥斗「ナイショな? 俺、いつか自分から告白したいから」
内村「男前だな。安心しろ。俺の口は堅い」
遥斗「そうだと思ってたぜ。ありがとな」
遥斗(M)【この想いは今打ち明けてはいけない。そしたら、星蘭に迷惑をかける……】
【それに俺が大好きな星蘭は、俺と芝居をしていると見れるんだ。】
【俺の気持ちがバレてしまえば星蘭は俺と芝居を純粋な気持ちでできなくなってしまう】
【だから、俺のこの想いはまだバレるわけにはいかない】
○放課後・町内公民館
時間経過を表すコマが入る。
土曜日。演劇部は休み。星蘭は町内会の公民館で練習をしていることが多かった。
今日も練習するために予約していた。
星蘭の家から公民館まで徒歩5分程度。
星蘭「行ってきまーす」
星蘭が家から出て、周りに人がいないことを確認すると声出しをしながら歩いている。
星蘭「あめんぼあかいなあいうえお、うきもにこえびもおよいでる、かきのきくりのきかきくけこ……」
星蘭は声出しをしている。
そこに、遥斗がジャージ姿で歩いていた。
星蘭(えっ、遥斗!? なんでここに)
遥斗「あ、星蘭」
星蘭「おはよう。なんでここにいるの?」
遥斗「ああ、言ってなかったな。俺、ここら辺に住んでるんだ」
星蘭「えええ! 知らなかったよ」
遥斗「言ってなかったもんな。星蘭、どっか行くの?」
星蘭「町内公民館。ちょっと自主練しに」
遥斗「へえ。偉いな」
星蘭は前髪を少し触りながら周りをキョロキョロして見ている。
遥斗「俺も行っていい? 台本持ってないけど……」
星蘭「台本はいいよ私持ってるし。人数制限ないし、いいよ」
遥斗「んじゃ行くか」
星蘭「うん」
星蘭が少し早く歩いてその後を遥斗がついてくる。
沈黙が続く。
遥斗「いつも公民館で練習してんの?」
星蘭「そうだね。だいたい土曜日は公民館借りてるかな。無料だし」
遥斗「そうなんだ。本当に芝居が好きなんだな」
星蘭「そうなのかもね。ふふ、いつもはひとりだったけど、今日は遥斗もいるから違う楽しさがあるかも」
星蘭の声が明るく軽やかで、遥斗は愛おしさでいっぱいになっている。
遥斗「そっか。嬉しいな」
星蘭「……っ!」
星蘭は自分が言ったことを振り返って、顔を真っ赤にしている。
遥斗にはバレていない。
星蘭「急ぐよ!」
星蘭は走り出す。遥斗は何も言わずついていく。
○休日・町内公民館
町内公民館はフローリングで、稽古場のように鏡もある。広さは学校の教室1部屋より少し広い程度。
星蘭が持っているのは陽栄高校との合同公演の演目の台本。
声出しの風景。ふたりで一緒にやっている。
星蘭「さて。遥斗、やりたい場面とかある?」
遥斗「え、いいの? 星蘭の練習なのに」
星蘭「私よりも遥斗の方が大事! 1年生の子の育成も兼ねた公演だし」
遥斗「そっか……うーん。じゃあこのシーンかな」
星蘭が台本を見せてあげると遥斗は肩を寄せる。低い声が耳元にかかるとその声に思わずドキッとしてしまう星蘭。
星蘭「オッケー。じゃあそこやろっか」
遥斗「うん」
この演目は、児童向けの演目を陽栄高校の生徒が脚本を担当しているハロウィンにちなんだ演目で、『吸血鬼伯爵の花嫁』という物語。吸血鬼伯爵は陽栄高校の部長、花嫁役は後輩の女子、遥斗は花嫁の兄役、星蘭は伯爵の弟役。
遥斗演じる花嫁の兄は、自身の妹である花嫁を取り戻すために伯爵を殺そうとする。星蘭演じる伯爵の弟は、そんな花嫁の兄を妨害するために登場する敵対関係。
今から練習しようとしているシーンは、花嫁を取り戻すために伯爵邸に行こうとしていた花嫁兄と吸血鬼弟が初対面するシーン。
遥斗が台本を数ページぱらぱらと読んで頭に入れる。
深呼吸を一度すると、目つきが変わった。
星蘭(一気に空気が変わった……)
遥斗のオーラと星蘭のオーラが重なり合う。
遥斗「お前が吸血鬼伯爵か」
星蘭「いいや。僕は弟だ」
遥斗「お前に用はない。そこを退け」
遥斗は低く冷たい声でセリフを言う。大切な妹であるヒロインを攫われたと思っているため、吸血鬼側に憎悪の念を抱いている。
星蘭はあくまで冷静に、つかみどころのない雰囲気で演じている。
星蘭「彼女は自分の意思で兄上のもとに来た。邪魔なのは君だよ」
遥斗「嘘を言うな……!」
星蘭(セリフひとつひとつの重みが違う……!)
星蘭「それに、兄上は彼女を花嫁として迎えたいと話している。いつまでも君が護るものでもないだろう」
遥斗「エリーは一度も伯爵のことを話していない。だから信用ならんというわけだ」
星蘭「ほう……何を言ってもここを通ると?」
遥斗「ああ」
星蘭「手荒な真似はしたくないんだけどな。僕も僕の役割ってものがあるからね。少々強引だけど力ずくで止めさせてもらうよ」
遥斗「それは俺もだ」
遥斗にかかっていく星蘭。星蘭演じる吸血鬼は人間よりも力が強く、速い。遥斗は星蘭の拳を受け続け、そしてある一発を手で掴んで星蘭が驚く。
星蘭「なっ!?」
遥斗「人間をナメるなよ」
星蘭「ははっ、少しは楽しめそうだね」
ふたりの表情はすっかりキャラクターに入りきっていた。衣装を着ていない、舞台にも立っていないのに、まるで舞台に立っているように映る。
きらきらと輝きながら演じる遥斗。その輝きが星蘭の目にまばゆく映る。
数コマ練習風景がセリフなしで続く。その後、稽古が一段落し、ふたりは隣に座って休憩をしている。
星蘭(こんなに幸せでいいのかな)
星蘭は何も考えず楽しめたことに、すがすがしい思いになる。にっこりと笑っている。
遥斗は床に寝転がっている。星蘭は壁に寄りかかっている。
遥斗「やっぱり楽しいよ。星蘭と一緒に芝居するの」
星蘭「ふふ、私も」
遥斗「いきいきしてたし俺の解釈とも合ってる。このシーンは人間と吸血鬼の力の差を見せつつも、エリーの兄の静かな怒りが爆発するところだし。それを見て人間って面白いなって伯爵の弟は思うはずだからさ」
星蘭「うんうん!」
少しの間。
遥斗「中性的な役とか、かっこいい男役は星蘭がぴったりだと思う」
遥斗は起き上がり、台本を見る。
遥斗「でも、俺は俺の得意な男性役があると思った。この兄の役とか、すごくハマってる気がする」
星蘭(たしかに遥斗はこの役のイメージにぴったりだった。ハマリ役だと思う)
遥斗「このシーン、星蘭とバトってるみたいで好きなんだ」
遥斗が急に立ち上がったため、星蘭は視線を上方に向ける。
星蘭「ははっ、何それ。私も好きだけどさ」
遥斗「もっと強くなりたい。誰もが釘付けになるかっこいい男役になりたいんだ」
遥斗の強い眼差しに星蘭はドキッとしてしまう。
ここまで心を惹かれる異性に今まで出会ったことがないため運命を感じている。
遥斗「そしたら、いつか星蘭がやってみたい役を実現できるんじゃないかなって思う」
星蘭「私の……やりたい役」
遥斗「昔は、かぐや姫とか白雪姫とかおとぎ話のヒロインを演じるのが好きだったよね。幼稚園の学芸会でも抜擢されてたし」
幼少期、星蘭がかぐや姫を演じている描写。遥斗はかぐや姫に求婚する若者役だった。
ショートボブの髪型の星蘭。可愛らしい見た目。
星蘭「あの時はあの時で……」
遥斗「嘘つくなよ、俺の前では」
遥斗は星蘭の手を取り、立たせる。もう片方の手で腰を寄せる。
星蘭には遥斗がいつもよりもかっこよく見える。身体が密着して、思わず顔が赤くなってしまう。
遥斗は至って真剣な眼差し。
星蘭「ちょっ……!」
遥斗「俺は本気だよ」
星蘭(これ、役でも何でもない! 素の遥斗だ……)
手元がアップで映る。手の大きさが全く違う。遥斗の手は星蘭より一回り大きい。
星蘭(手……大きい)
遥斗「男役が好きなのはわかってる。でも、みんなが求めてるものより、自分がやってみたいことも大事にしてほしい」
星蘭「でも」
遥斗「俺の目には、星蘭はヒロインをやってみたい気持ちがあるって見えただけなんだ。いきなりごめん」
遥斗は星蘭から手を離す。
星蘭「ううん。事実だから……この際言っちゃうと」
遥斗「そっか」
星蘭は気まずそうに目線を逸らす。
遥斗「俺、頑張るから。待ってろよ」
遥斗は星蘭の頭にぽん、と手を置く。
星蘭「え?」
遥斗「俺が星蘭をヒロインにするから」
星蘭(M)【この時、遥斗の眼差しの奥に、私がヒロインで遥斗がヒーローをしている未来が見えた気がする。】
煌めく舞台に星蘭がヒロインで遥斗がヒーローを演じている舞台の様子の一枚絵。
10月初旬。授業の描写から。服装は長袖ジャージとハーフパンツ。星蘭はサイドに前髪を流している髪型。美晴はポニーテール。美晴と体育の授業中であり、休憩をしているため床に座って話をしている。
美晴「あれからどうなの? 園田くんの様子は」
星蘭は遠目に遥斗を見ている。体育ではバレーボールをしている。背の高い遥斗は遠くから見ても目立っている。
星蘭「お芝居が純粋に好きみたいで、演劇部でも楽しそうに練習しているよ」
美晴「へえ。そうなんだ。てっきり星蘭の追っかけで入っただけかと思っていたよ」
星蘭「まさか! そんなことないでしょ」
美晴「意外とあると思うけどな~私は」
星蘭「そう……?」
美晴にそう言われると、星蘭は遥斗のことが気になってしまう。
体育座りをして顔を埋めながら遥斗がクラスメイトとバレーボールをしている姿を眺める。
少しだけ遥斗の見え方が変わって、きらきら輝いて特別に見える気がする星蘭。そんな自分を否定しようと首を横に振る。
美晴「星蘭が認める園田くんの演劇、観てみたいな。次の公演っていつ頃?」
星蘭「うーん。陽栄高校との合同公演かな。地域の小学生が対象の作品になるみたいだけど」
美晴「それ、私も行っていいやつ? 部活がない日なら行きたい!」
星蘭「小学生が対象の内容ってだけだから、小学生以外も観劇できるよ!」
美晴「そうなんだ! 楽しみ~」
星蘭「12月の初週日曜日だったかな。近くなったらまた声かけるね」
美晴「うん! よろしく頼むよ~」
遠くのコートでは遥斗と内村たちのチームが運動の苦手な男子をカバーしながら点数を取っている様子。
星蘭と美晴はしばらくその様子を見ている。
星蘭「遥斗、私を超す男役になるつもりなのかな……」
星蘭は俯きながら小さく呟く。
美晴「ライバルってわけね。でも、星蘭を超したいってことはさ、園田くんの目標になるのってことでしょ? すごいことじゃん」
星蘭「うーん……なんだろう。言葉にするのは難しいな」
星蘭がうーんと唸りながら腕組みをしている。美晴はその様子を【いつもの始まったよ】と笑いながら見ている。
星蘭「私の立場が危うくなっちゃうのかなって思っているんだ」
美晴「そうなの?」
星蘭「うん。私、遥斗の演技に、世界に引き込まれちゃったんだ」
星蘭は体験入部の時の遥斗の演技を思い出す。
星蘭「私が考えていたシンデレラの王子とはまた違った王子。力強くて独占欲が強い王子って新しくて……良かった」
美晴「でもそれは園田くんが考えた王子なんでしょ? 星蘭は星蘭が思う王子を演じた。人それぞれじゃん」
星蘭「そうなんだけどさー……」
遥斗が視線を感じてふたりを見る。遥斗は星蘭と美晴の方を見て小さく手を振って笑いかけた。
美晴「なんだありゃ。可愛い、はははっ」
星蘭(遥斗~……ッ!)
星蘭は恥ずかしさと怒りと恐れと、とたくさんの感情を抱きながら心の中で遥斗の名を叫ぶ。
星蘭「あの時、遥斗のお芝居が好きになっちゃったんだ。もっと一緒にお芝居したいって。稽古も楽しくてさ」
美晴「へぇ。なんか良かった」
星蘭「え?」
美晴「だって星蘭、今まで女子がメインだったから男役してたじゃん?」
星蘭「そうだね。男子の先輩もいたけどピンチヒッターでセリフ少ない男性キャラクターをやってもらってた感じだったし……」
男子の先輩2人が衣装を着て演じる描写。真面目そうな職人の雰囲気。普段は大道具や音響をしている。
美晴「そうそう。だから、同じようにキャストをやりたくてやっている男役を担当する仲間が同じチームにできて安心したの」
星蘭「安心……?」
美晴「うん。星蘭、今まで別格みたいな感じで扱われてきたでしょ? 女子からは王子様みたいに見られていたし」
星蘭「たしかにそうかもね……私、それ以来ずっとカッコイイ男役ばっかりやってきてたな。今思うと」
美晴「でしょ? だから、園田くんが入ってきて、星蘭も違う雰囲気の役に挑戦できるんじゃないかなって」
星蘭「違う役、か……」
星蘭は今まで自分の役割だと思っていた『女子にとっての理想の王子様』像を頭の中に思い浮かべる描写。
星蘭(M)【そう。美晴の言う通り。私は女の子を守る王子様であることを求められてきた。】
【それを演じることが私の価値だと思ってきた……】
○回想
星蘭(M)【私がかっこいい女子であろうとすればするほど、周りのみんなは喜んでくれた】
【男役は好き。美しくてキラキラしていて、うっとりしてしまうような男性を演じるのが楽しいから】
可愛い服を着てみて自分の部屋の鏡の前に立つ星蘭。
星蘭(M)【可愛い自分なんて想像ができない。男子の平均身長よりも背が高い私には似合わないと思った】
いつものメンズライクな服装の星蘭。周りにはメロメロしている女子生徒。
遥斗『星蘭をヒロインにしてみせる。それが俺が演劇部に入る理由。星蘭を超す男性役になればいいんだろ?』
星蘭(M)【王子であり続けることは、私にしかできない使命なのだと思った。それなのに……あの言葉が忘れられない】
【あんなに可愛い小動物のようだった遥斗が、こんな逞しい男子になっているとも思わなかった】
遥斗『それに小さくて弱っちいの、コンプレックスだったから今の方が気に入っているよ』
幼少期の遥斗の様子。瞳が大きくぱっちりとしていて中性的な可愛らしい顔立ち。真っ白な手足。
色素が薄く、瞳は焦げ茶色。
星蘭(M)【遥斗は可愛い男の子としてモテていた。けど、それがコンプレックスだったなんて知らなかった】
【私も、変わってもいいの?】
遥斗の真剣な眼差しが星蘭を貫くような描写。スポットを浴びるヒロインとヒーローのような、舞台の一場面のような演出。
星蘭は遥斗のことが恋愛的に惹かれていると同時に、自分を変えてくれようとしている存在であることを自覚している。
─回想終了─
美晴「そういえば、陽栄高校との合同公演ってどういうのやるの?」
星蘭「ハロウィンにちなんだ演目で、吸血鬼伯爵と人間の花嫁の種族違いの恋のお話かな。詳しくは言えないけど」
美晴「へぇ~! 面白そう! 配役は?」
星蘭「主人公の伯爵は他校生徒で、花嫁役はうちの1年生の子。私は伯爵の弟役で、遥斗は花嫁の兄役」
美晴「これはもう配役の時点で萌えるわ……」
星蘭「ん? 何か言った?」
美晴「ううん! なんでもない!」
ピピーとホイッスルの音がして、遥斗たちの試合が終了した合図があった。
先生「はい次のグループ~! 得点とラインズマンは今のグループからやる人決めてね」
星蘭「あ。次私たちだね。行こっか」
美晴「うん!」
星蘭と美晴がバレーボールを楽しんでいる様子。
遥斗は内村と会話しながら微笑ましくその様子を眺めている。
内村「そういえば、園田って剣崎さんと幼馴染って言ってたけど……」
遥斗「そうだけど?」
内村「好きなの?」
遥斗「はっ、えっ?!」
内村「いつも気にかけているようだし」
遥斗(こいつ……)
遥斗「ナイショな? 俺、いつか自分から告白したいから」
内村「男前だな。安心しろ。俺の口は堅い」
遥斗「そうだと思ってたぜ。ありがとな」
遥斗(M)【この想いは今打ち明けてはいけない。そしたら、星蘭に迷惑をかける……】
【それに俺が大好きな星蘭は、俺と芝居をしていると見れるんだ。】
【俺の気持ちがバレてしまえば星蘭は俺と芝居を純粋な気持ちでできなくなってしまう】
【だから、俺のこの想いはまだバレるわけにはいかない】
○放課後・町内公民館
時間経過を表すコマが入る。
土曜日。演劇部は休み。星蘭は町内会の公民館で練習をしていることが多かった。
今日も練習するために予約していた。
星蘭の家から公民館まで徒歩5分程度。
星蘭「行ってきまーす」
星蘭が家から出て、周りに人がいないことを確認すると声出しをしながら歩いている。
星蘭「あめんぼあかいなあいうえお、うきもにこえびもおよいでる、かきのきくりのきかきくけこ……」
星蘭は声出しをしている。
そこに、遥斗がジャージ姿で歩いていた。
星蘭(えっ、遥斗!? なんでここに)
遥斗「あ、星蘭」
星蘭「おはよう。なんでここにいるの?」
遥斗「ああ、言ってなかったな。俺、ここら辺に住んでるんだ」
星蘭「えええ! 知らなかったよ」
遥斗「言ってなかったもんな。星蘭、どっか行くの?」
星蘭「町内公民館。ちょっと自主練しに」
遥斗「へえ。偉いな」
星蘭は前髪を少し触りながら周りをキョロキョロして見ている。
遥斗「俺も行っていい? 台本持ってないけど……」
星蘭「台本はいいよ私持ってるし。人数制限ないし、いいよ」
遥斗「んじゃ行くか」
星蘭「うん」
星蘭が少し早く歩いてその後を遥斗がついてくる。
沈黙が続く。
遥斗「いつも公民館で練習してんの?」
星蘭「そうだね。だいたい土曜日は公民館借りてるかな。無料だし」
遥斗「そうなんだ。本当に芝居が好きなんだな」
星蘭「そうなのかもね。ふふ、いつもはひとりだったけど、今日は遥斗もいるから違う楽しさがあるかも」
星蘭の声が明るく軽やかで、遥斗は愛おしさでいっぱいになっている。
遥斗「そっか。嬉しいな」
星蘭「……っ!」
星蘭は自分が言ったことを振り返って、顔を真っ赤にしている。
遥斗にはバレていない。
星蘭「急ぐよ!」
星蘭は走り出す。遥斗は何も言わずついていく。
○休日・町内公民館
町内公民館はフローリングで、稽古場のように鏡もある。広さは学校の教室1部屋より少し広い程度。
星蘭が持っているのは陽栄高校との合同公演の演目の台本。
声出しの風景。ふたりで一緒にやっている。
星蘭「さて。遥斗、やりたい場面とかある?」
遥斗「え、いいの? 星蘭の練習なのに」
星蘭「私よりも遥斗の方が大事! 1年生の子の育成も兼ねた公演だし」
遥斗「そっか……うーん。じゃあこのシーンかな」
星蘭が台本を見せてあげると遥斗は肩を寄せる。低い声が耳元にかかるとその声に思わずドキッとしてしまう星蘭。
星蘭「オッケー。じゃあそこやろっか」
遥斗「うん」
この演目は、児童向けの演目を陽栄高校の生徒が脚本を担当しているハロウィンにちなんだ演目で、『吸血鬼伯爵の花嫁』という物語。吸血鬼伯爵は陽栄高校の部長、花嫁役は後輩の女子、遥斗は花嫁の兄役、星蘭は伯爵の弟役。
遥斗演じる花嫁の兄は、自身の妹である花嫁を取り戻すために伯爵を殺そうとする。星蘭演じる伯爵の弟は、そんな花嫁の兄を妨害するために登場する敵対関係。
今から練習しようとしているシーンは、花嫁を取り戻すために伯爵邸に行こうとしていた花嫁兄と吸血鬼弟が初対面するシーン。
遥斗が台本を数ページぱらぱらと読んで頭に入れる。
深呼吸を一度すると、目つきが変わった。
星蘭(一気に空気が変わった……)
遥斗のオーラと星蘭のオーラが重なり合う。
遥斗「お前が吸血鬼伯爵か」
星蘭「いいや。僕は弟だ」
遥斗「お前に用はない。そこを退け」
遥斗は低く冷たい声でセリフを言う。大切な妹であるヒロインを攫われたと思っているため、吸血鬼側に憎悪の念を抱いている。
星蘭はあくまで冷静に、つかみどころのない雰囲気で演じている。
星蘭「彼女は自分の意思で兄上のもとに来た。邪魔なのは君だよ」
遥斗「嘘を言うな……!」
星蘭(セリフひとつひとつの重みが違う……!)
星蘭「それに、兄上は彼女を花嫁として迎えたいと話している。いつまでも君が護るものでもないだろう」
遥斗「エリーは一度も伯爵のことを話していない。だから信用ならんというわけだ」
星蘭「ほう……何を言ってもここを通ると?」
遥斗「ああ」
星蘭「手荒な真似はしたくないんだけどな。僕も僕の役割ってものがあるからね。少々強引だけど力ずくで止めさせてもらうよ」
遥斗「それは俺もだ」
遥斗にかかっていく星蘭。星蘭演じる吸血鬼は人間よりも力が強く、速い。遥斗は星蘭の拳を受け続け、そしてある一発を手で掴んで星蘭が驚く。
星蘭「なっ!?」
遥斗「人間をナメるなよ」
星蘭「ははっ、少しは楽しめそうだね」
ふたりの表情はすっかりキャラクターに入りきっていた。衣装を着ていない、舞台にも立っていないのに、まるで舞台に立っているように映る。
きらきらと輝きながら演じる遥斗。その輝きが星蘭の目にまばゆく映る。
数コマ練習風景がセリフなしで続く。その後、稽古が一段落し、ふたりは隣に座って休憩をしている。
星蘭(こんなに幸せでいいのかな)
星蘭は何も考えず楽しめたことに、すがすがしい思いになる。にっこりと笑っている。
遥斗は床に寝転がっている。星蘭は壁に寄りかかっている。
遥斗「やっぱり楽しいよ。星蘭と一緒に芝居するの」
星蘭「ふふ、私も」
遥斗「いきいきしてたし俺の解釈とも合ってる。このシーンは人間と吸血鬼の力の差を見せつつも、エリーの兄の静かな怒りが爆発するところだし。それを見て人間って面白いなって伯爵の弟は思うはずだからさ」
星蘭「うんうん!」
少しの間。
遥斗「中性的な役とか、かっこいい男役は星蘭がぴったりだと思う」
遥斗は起き上がり、台本を見る。
遥斗「でも、俺は俺の得意な男性役があると思った。この兄の役とか、すごくハマってる気がする」
星蘭(たしかに遥斗はこの役のイメージにぴったりだった。ハマリ役だと思う)
遥斗「このシーン、星蘭とバトってるみたいで好きなんだ」
遥斗が急に立ち上がったため、星蘭は視線を上方に向ける。
星蘭「ははっ、何それ。私も好きだけどさ」
遥斗「もっと強くなりたい。誰もが釘付けになるかっこいい男役になりたいんだ」
遥斗の強い眼差しに星蘭はドキッとしてしまう。
ここまで心を惹かれる異性に今まで出会ったことがないため運命を感じている。
遥斗「そしたら、いつか星蘭がやってみたい役を実現できるんじゃないかなって思う」
星蘭「私の……やりたい役」
遥斗「昔は、かぐや姫とか白雪姫とかおとぎ話のヒロインを演じるのが好きだったよね。幼稚園の学芸会でも抜擢されてたし」
幼少期、星蘭がかぐや姫を演じている描写。遥斗はかぐや姫に求婚する若者役だった。
ショートボブの髪型の星蘭。可愛らしい見た目。
星蘭「あの時はあの時で……」
遥斗「嘘つくなよ、俺の前では」
遥斗は星蘭の手を取り、立たせる。もう片方の手で腰を寄せる。
星蘭には遥斗がいつもよりもかっこよく見える。身体が密着して、思わず顔が赤くなってしまう。
遥斗は至って真剣な眼差し。
星蘭「ちょっ……!」
遥斗「俺は本気だよ」
星蘭(これ、役でも何でもない! 素の遥斗だ……)
手元がアップで映る。手の大きさが全く違う。遥斗の手は星蘭より一回り大きい。
星蘭(手……大きい)
遥斗「男役が好きなのはわかってる。でも、みんなが求めてるものより、自分がやってみたいことも大事にしてほしい」
星蘭「でも」
遥斗「俺の目には、星蘭はヒロインをやってみたい気持ちがあるって見えただけなんだ。いきなりごめん」
遥斗は星蘭から手を離す。
星蘭「ううん。事実だから……この際言っちゃうと」
遥斗「そっか」
星蘭は気まずそうに目線を逸らす。
遥斗「俺、頑張るから。待ってろよ」
遥斗は星蘭の頭にぽん、と手を置く。
星蘭「え?」
遥斗「俺が星蘭をヒロインにするから」
星蘭(M)【この時、遥斗の眼差しの奥に、私がヒロインで遥斗がヒーローをしている未来が見えた気がする。】
煌めく舞台に星蘭がヒロインで遥斗がヒーローを演じている舞台の様子の一枚絵。