秘め恋10年〜天才警視正は今日も過保護〜
期待が外れたのはわかっているが、張りきっていた分、完全には諦められなかった。

(もしかすると個室があるのかも。念のために入って確認しよう)

メッキの剥げた取っ手を引くと、カランコロンとドアベルが鳴った。

間口は狭いが奥行きがあり、壁際にボックス席が三つ並び、丸テーブルとカウンター席もある。

チューリップ形の照明やビロード張りの椅子に昭和の趣を感じた。

レトロなインテリアが素敵だと思いつつ店内に視線を巡らせると、すぐに多野元を見つけた。

最奥の四人掛けのボックス席にひとりで座っている。

メニューも開かずに店員に注文していて、やはり馴染みの店のようだ。

(やっぱり、ただ食べに来ただけか。残念)

すぐに出ようと思ったが、店内に漂う美味しそうな香りに空腹の胃袋が刺激された。

フリーライターの仕事だけでは食べていけず、引っ越し屋や飲食店の接客、イベントスタッフなどの単発のアルバイトを時々している。

今日は早朝からのアルバイトをひとつして昼すぎから多野元の事務所を見張り、その間にコンビニのおにぎりをひとつしか食べていない。

(節約したいけど、空腹がもう限界)

店内は半分ほどの席が埋まっている。

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