秘め恋10年〜天才警視正は今日も過保護〜
近づいてきた店員に「お好きな席へどうぞ」と言われたので、多野元の斜め後ろの丸テーブルを選んだ。

写真付きのメニューのエビフライにそそられたが、注文したのは一番安いナポリタンだ。

料理を待ちながら、ここ二か月ほど毎日のように見ている多野元を眺める。

中肉中背でスーツは紺色が多く、ネクタイはいつも赤。メガネは丸みのあるフレームと角ばったものふたつを使い分けている。

ここからでは顔が見えないが、その面立ちは人がよさそうで、密かに私服を肥やしているようには感じられない。

(いい人ぶって陰で悪事を企む。そういう人が一番嫌い。今日は空振りみたいだけど、絶対に逃がさないから)

筆で権力者の闇を暴く――それが葵なりの正義だ。

子供の頃は友達が意地悪をされると上級生相手でも食ってかかり、迷子の幼児の自宅を探して自分まで道に迷ったこともある。

正義感の強さは警察官だった父親譲りだろう。

その父は葵が十三歳の時に、凶悪犯に銃撃されて殉職した。

母は葵が物心つかない頃に病死しているので、家族は祖母だけになってしまったのだが、その祖母も今は他界して天涯孤独である。

自身の境遇を仕方ないものとして受け入れていても、ひとつだけ今も納得していない出来事があった。

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