天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
やっとまた席に座る。
座るというか、これはもう腰を抜かしたような感覚に近い。

す、凄かった。
本当に。
こんな感動を味わえるなんて思ってもみなかった。


「あの、すみません。そろそろ…」

え?

どのくらいそうしていたのか、警備員に声をかけられて辺りを見渡せば私しかいなかった。

すっかり圧倒されてしまい放心してしまっていたようだ。

「あ、すみませんっ!」

私は慌てて立ち上がる。

ドレスの後ろの裾が床に着く長さなので踏んでしまわないように軽く持ち上げ小走りでホールの外へと向かう。

こんなに人が誰もいなくなるまで気づかずにすっかり放心してしまっていた自分に思わず笑ってしまう。

どうして彼の演奏を聴いてこんなに涙が出たのかはわからないが、本当に素晴らしい演奏に心が揺さぶられどうにも止められなかった。

そしていよいよホールの外へと出た時、鉢合わせするように誰かとぶつかってしまった。
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