天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
そんな事を思っていればティンパニの音がクレッシェンドで鳴り、律が気迫たっぷりでピアノの鍵盤を叩くように弾き始めた。

一瞬で律の世界観に引き込まれる。

オーケストラの演奏と律のピアノが交互にせめぎ合い次々と音の嵐が襲ってくる。

流れるように、まるで舞い上がる桜の花びらのように音色が飛び交い、その音を奏でる律の表情や手の動き、身体全体で表現するその姿に息を飲む。

時に優しく、時に激しいその音色に多くの人が魅了されていく。

言葉も出ない。

律から目を離せないまま、私の目からはやっぱり涙が出てきてしまう。

律…

私はここにいるよ。

そしてあっという間に公演が終わってしまった。

会場のみんなと大きな拍手を送る。
前に座っていたあの彼女も同じように拍手を送っていた。

律が立ち上がり、指揮者と握手を交わし会場を見渡した時目が合った気がしたが、まぁそれはいつもの勘違いだろうな。

その後、律の視線はあの彼女へと向けられ、驚いた顔をしたあとフッと笑って、完璧な角度でお辞儀をした。

彼女を見れば満面の笑みで律を見ていた。

え、ステージから見えてるの?

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