天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
すると数人の外人たちと律が出てきた。

あの彼女をエスコートしながら。

え…
私はその場に立ちすくむ。

あの彼女は満面の笑みで律を見上げながら何かを話しているようだ。

もしかしてあの人が言ってた幼馴染って…
律の事…?

二人は一度タクシーの前で立ち止まって話したあと、彼女だけがタクシーに乗って行ってしまった。

律がタクシーを見送ったあと振り向いた。

「翠?」

私は思わず踵を返し走り出す。

「翠!」

足がかじかんで上手く走れない。
すると後ろから抱きしめられる。

「翠っ! なんで連絡したのに出ないんだよ!」

「離して!」

私は身をよじる。
それでも律は離してくれない。

「なんで来たんだよ…」

なにそれ…。
来ちゃいけなかったわけ?

あの彼女がいるから?

「ごめんね。帰ります。離してください」

思ったより低くて冷たい声が出た。

「翠?」

スッと腕の力が緩まり私はすぐに離れる。

「それじゃ。お疲れ様でした。残りの公演も頑張って下さい。さよなら」

そう言って、数台のタクシーが待機している所へ駆け込むように乗り込んだ。
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