天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
「翠っ! なんで連絡したのに出ないんだよ!」
「離して!」
何で嫌がる?
久しぶりに会えたのに。
こんな場所まで来て俺の公演を見に来てくれたんじゃないのか?
こんなに身体を冷やして待っててくれたんじゃないのか?
なのになんで逃げる?
なんで連絡も返してくれない?
「なんで来たんだよ…」
一瞬の間のあと翠が口を開く。
「ごめんね。帰ります。離してください」
え…
ものすごく冷たい声で俺にそう言った。
俺は驚きのあまり腕の力を少し緩めると、スルッとそこから抜け出した翠は俺を睨んだ。
「それじゃ、お疲れ様でした。残りの公演も頑張ってください。さよなら」
そう言って止まっていたタクシーに駆け込むように乗って行ってしまった。