天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
そしてあっという間にピアノコンツェルトは終わりを迎えてしまう。

彼は立ち上がり指揮者と笑顔で握手を交わす。

そして前のように一度会場をぐるっと見渡したその時、彼が一瞬驚いた顔をして目が合った気がした。

まぁ、気のせいよね。

こんなに大勢いる観客席で、しかも一度しか会ったことのない私の事なんて覚えているはずもない。

私は気にせず拍手を送る。

「俺今、目合ったかもしれない」

丈慈が拍手をしながら私の耳に口を寄せてそんな事を言ってきた。

「ははは。気のせいでしょ」

私はつい笑ってしまう。

「だよな。ククククっ」

「逆光で客席なんて見えないわよ」

私も丈慈の耳元に口を寄せて答える。

そして彼は最後にまた完璧な角度で一礼すると拍手を盛大に浴びながら退場して行った。
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