天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
「みんな来てたね」

「ああ。意外とクラシック悪くないわ」

「ははは。来て良かったでしょ?」

「そうだな」

「私も全然詳しくないけど、なんかいいよね」

「ああ。ほら、前向いて歩け」

そう言われた矢先に躓いてしまって咄嗟に丈慈が支えてくれて、私も瞬時にしがみついた。

「あぶなっ」

「だから前見ろって言ってんだよ」

「はぁーい。すいませーん。痛っ! まつ毛!?」

私は立ち止まり目を押さえる。

「ほれ、見せろ。顔あげろ。たくよ」

押さえた手を取られ顎をグイっと持ち上げられる。

「痛いー。丈慈ー。早くとってー!」

向かい合って丈慈のスーツの襟元をギュッと握る。

「ちょ、動くな。翠! じっとしてろ」

「丈慈早く!」

「あ、これか? よく見えねぇな」

なんて言って顔を覗き込みちょいちょいと小指でまつ毛を取ってくれる。

「あ! 痛くなくなった!」

「そんなバサバサにしてっからだろ」

「もともとなの! 知ってるでしょ」


そんな話をしながらまたエスコートされタクシーに乗りこみ宿泊先のホテルへと戻ったのだった。
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