天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
この男は自分の立場を分かっていないのか?
浮気現場を俺に見られて、妻も近くにいるというのにこの余裕は何だ?

俺が妻に言ったらどうするつもりだ?

「妻が知ったら傷つくぞ。それに君が既婚者だという事はあの時の女性は知っているのか?」

俺の口は一体何を言っている?
そんな事を聞いて何になる?

「ああ、もちろん知ってるよ。君こそ、随分と翠に興味が湧いているようだが?」

そう言って神楽丈慈は打って変わって俺を睨む。

「だったらなんだよ。あんたには妻がいるだろ」

俺もつい口調が強くなる。

「知り合いだったのか?」

知り合い…ではないな。
そう、俺とあの女は何の関係性もない。
ただの追っかけとピアニストがぶつかっただけ。

「とにかく、妻がいるのに不誠実で軽率な行動を取るのは、同じ男として恥ずかしいから止めろ」

俺はそう言ってその場を立ち去った。
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