天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
「いや…私別に…」

「は?」

「とにかくこの手離してもらっていいですか?」

いつまで私のお腹に手を回しているつもりなの?

「あ、ああ。え? 飛び降りようとしてたんじゃないのか?」

そう言ってスッと回していた腕を離した。

「はい? 全然。全く。イヤホンが下に落ちちゃって…」

「イヤホン?」

そう言って鶴宮 律は私の耳を見る。

「何聴いてたんだ?」

そう言ってかろうじて左耳に付いていたイヤホンを取られ、彼はそれを耳に当てた。

「あ、ちょ!」

時すでに遅し、鶴宮 律は自分の演奏がイヤホンから流れるのを驚いた顔で聴いてしまっている。

私はバッと取った。

「俺の…?」

「なんだっていいでしょ!」

私は立ち上がり、またヒールを履く。
鶴宮 律はそのまま動かない。

「痛っ」

もう!
靴ずれめ!

私は諦めてまた脱いでヒールを手に取って裸足でゆっくりひょこひょこ歩く。
今日はまだパンツスーツだから靴を履いてなくてもそんなに目立たないはずだ。

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