天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
わざと?

「いや、わざとじゃないんだけど」

「でもあんな時間にいるなんて出待ちだろ」

「は? 出待ち? いや? 全く」

しばらく沈黙が続く。

「…俺の追っかけじゃないのか?」

やっぱりだ。
やっぱりそう思われてた。

「全然。失礼かもしれないけど、私あの日あなたの事初めて見たし、演奏も初めて聴いた」

「でも今だって俺の曲…」

イヤホンから流れてた曲の事だ。

「いや、それは…。あの日、感銘を受けて…。それから聴いてるだけ」

本人を目の前に誤魔化せない。

「そりゃどうも…」

「い、いや別に…」

な、何この空気。

「…そうか。悪かった。それじゃ全部俺の勘違いだったみたいだ。失礼な事を言ってしまったな」

階段を降りたところにちょうどよく街路樹の周りを囲うように設置されているベンチにそっと下ろされた。

なんだ?
この人、こんな風に謝れるの?

「翠さん、この辺詳しいか?」

翠さん?
その呼び方違和感だらけだわ。

「翠でいい。この辺って?」
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