天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
「ありがとう」

「いやこちらこそ。おかげで人間の暮らしが出来るよ」

そう言って律はニッと白い歯を見せた。

「ははは。それじゃ」

「ああ。お休み」

「おやすみなさい」

玄関ドアの前でしばらく見つめ合う。
律の瞳が僅かに揺れているのが見える。

「早く入れ」

「あ、うん。それじゃ」

そして玄関に入って扉を閉めた。

あ、危なかった。
なんか危なかった。

何かに引きづり込まれそうになった。

バクバクと心臓がおかしな動きをしている。
なんだこれ。

深呼吸を何度か繰り返しながらリビングのソファにドサッと座った。

今日の彼は終始穏やかで落ち着いていて優しかった。

しかもキャップとフードで隠していても、あの眉目秀麗さはやはり隠しきれてなくて、すれ違う人たちが振り返って見ていた。

身長も高いしね。
私も170センチと大きめだけど、それでもやっぱり見上げないといけなかった。
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