天才ピアニストは愛しい彼女を奏でたい
揺れる心
〜律side〜

翠を部屋まで送り届ける。

翠は俺を何故か見つめ中に入ろうとしない。
その綺麗な瞳は揺れていて、思わずその唇に噛みついてしまいたくなった。

その瞬間、神楽丈慈を思い出す。

「早く入れ」

「あ、うん。それじゃ」

パタンと閉じたドアを見つめ一つため息をついて俺は車に戻った。

ハンドルに突っ伏す。

昨日、翠が身を投げ出そうとしていると思い慌てて助けたものの、俺の勘違いだった。

しかも、話を良く聞けば追っかけでもなんでもなかった。

あんな失礼な事を言ったのに、彼女はあの日感銘を受けたと言ってイヤホンで俺の演奏を聞いてくれていた。

そして半ば強引に連絡先まで聞いて。

昨日は家に帰ってからひたすらピアノを弾いて、翠からのメッセージに気付いたのは夜中だった。

お礼なんていいのに。

律儀だよな。

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