なぜか私を大切にしてくれる人と、政略結婚することになりました ~恋する妻の幸せな願い~
19.小包と思いつき
ルーファス様に部屋まで送ってもらい、お休みと言い合って、それからベッドに入った。
ほっとした気分のまま、微睡んで。良かった。ただその言葉が浮かんだ。
この二日間、不安ばかりだった。不安な妄想を重ねてしまうばかりだったけど。
話し合うことができて、心が軽くなった。
次の日は約束通り、二人で午後のお茶の時間を過ごした。ルーファス様は魔石捕獲のドタバタをユーモアたっぷりにお話してくれて、私は笑いながら聞いてしまった。ルーファス様のこんなところも素敵。
ちなみに、この領地の主要産業の一つである魔石、その採集から販売までルーファス様は関わられているそうで。魔法士として土属性が強い自分には合った仕事だと、ただ瘴気対策に有効な火属性はなくそれは残念だと、そんな話もしてもらった。
もっと一緒に過ごしたくなったけれど、残念ながらお茶の時間は終了。ルーファス様は書斎に戻られ、私は部屋でデスクに向かっている。祝祭で贈ってもらったリボンで髪をまとめ、お姉様と妹に手紙を書くために。
結婚式のあの時、ルーファス様が新たな結婚相手に決まった時、驚きに目を丸くした妹からは頑張ってと、心配そうなお姉様からは励ますような視線が向けられたのを覚えている。だから、ルーファス様は良い方で、素敵な方で、生活に困ることは何もなく、むしろ十分すぎるくらいの落ち着いた暮らしをしていると書きたい。それから、お姉様と妹の結婚も上手くいくよう願っていると。
うちの子爵家には娘しかいない。爵位を継げるのは息子だけ。息子がいなければ、直系に近い親族である叔父が継ぐことになる。父と叔父は仲が悪い。私たち姉妹が結婚する前に万が一父が亡くなるようなことがあれば、私たちの扱いがどうなるか、わからない。どんな暮らしになるのか、わからない。結婚などできる状況にならないかもしれない。
だから今のうちに、望まれて嫁ぐお姉様と、気に入られて嫁ぐ妹、二人の良縁が上手くいくようにと願わずにはいられない。
だから、小さな箱二つ。クローバーを敷き詰めたこの箱の中には、祝祭で買ったリボンと、ルーファス様が幸運と呼んだ巻貝の形の魔石が入っている。実はこれ、この領地で何か所か採れる場所があるらしく、ミルトンで売っているのだそうで。それをキャシーとエーメリーから聞き、二つほど買ってきてもらった。
ちなみこの魔石は実用として役立つ効果はないけれど、消滅するときにオルゴールのような音を響かせるのだそう。それを聞くことができれば願いが叶うのだとか。実際に、お姉様と妹が喜ぶかどうかはわからないけれど。
手紙を書き終えて封をしていると、キャシーが小包を持って入ってきた。手紙と箱を送るようキャシーにお願いし、二つの小包を受け取る。
送り主を見れば、友人だった。たぶん、友人と言っていいと思うのだけど。何となく嬉しくなる。胸がぽっと温かな気持ちになる。
貴族の令嬢として出来が悪い私だけど、そんな私にも何人か友人がいる。王立学園で知り合った彼女たちは、お父様やお母様が望むような友人ではなかったけれど。
そういえば、学園を卒業してからは何かと結婚の準備で忙しく、疎遠になっていたのだった。そういえば、結婚相手が変わったことも伝えていない。結婚してからも何かと忙しく手紙を書くどころではなかったから。……言い訳になっているかしら。言い訳になってくれないかしら。
小包の一つには恋愛小説が三冊入っていた。これはディアドリー、貴族ではない大商会の令嬢からの贈りもの。ええ、私ももう貴族ではないけれど。
学園の頃を思い出す。恋愛ものが好きだというディアドリーにすすめられて、私もいろいろ読むようになったのだった。もっぱらディアドリーに本を借りてだけど。
本にはカードが一枚添えられていた。どういう意味かしらこれ。“参考にどうぞ”って、何を?
一冊をぱらぱらとめくってみれば、こんな話のようだった。婚約者に虐げられた令嬢が結婚後、婚家で策略をめぐらし影の支配者として君臨する……。なんて大変そうな話かしら。虐げられるのに耐えるのも大変だけれど、影の支配者になるほど策略をめぐらせるのも大変だと思うの。私はこんな状況じゃなくて本当に良かった。
でも待って、ヒロインは影の支配者になれるほどの人なのに、どうして虐げられていたのかしら?実力を隠して、婚約者が虐げるのに仕方なく付き合っていたとか?もしかして、虐げられたからこそ実力が開花したとか?そしてこのストーリー展開でどうやったらハッピーエンドになるのかしら、恋愛的に?気になる。今夜、ゆっくり読むしかないわね。
もう一冊も手に取る。ぱらぱらとめくってみれば、こんな話のようだった。婚約者に虐げられた令嬢が嫁家でも蔑ろにされて、そこで令嬢は一念発起、愛されヒロインになるために頑張るのだ。いつも笑顔で明るく朗らかに、気力と根性でへこたれることなく努力し続ける……。なんて大変そうな話かしら。蔑ろにされるのに堪えるもの大変だけれど、愛されヒロインになるほど努力し続けるのも大変だと思うの。私はこんな状況じゃなくて本当に良かった。
でも待って、ヒロインはちゃんとハッピーエンドになるのよね?その努力は報われるのよね?ページをぱらぱらとめくっていけば、令嬢は奥様業をバリバリこなし、夫からも義母からも義父からも使用人からも愛されるようになっていた。ああしかし、何ということでしょう。令嬢は、いつも笑顔で明るく朗らかに気力と根性でへこたれることなく努力し続けるのに疲れ果ててしまう。そしてあんなに愛されたいと願っていた夫のことを、自分は好きでも何でもなかったことに気づいてしまう。
このストーリー展開でどうやったらハッピーエンドになるのかしら、恋愛的に?気になる。今夜、読むしかないわね。
ああ、そうだった。ディアドリーには、何度も尋ねられて私の婚約の話を少ししてしまったのだった。だから参考。今の私には必要ないけれど、その気持ちが嬉しい。
最後の一冊を手に取る。ぱらぱらとめくってみれば、こんな話のようだった。婚約者に虐げられ貶められた男爵令嬢が婚約破棄された後、イケメンかつスパダリの若き侯爵様と結婚することになる……。なんて、なんて大変そうな話かしら!貶められるのに堪えるのも大変だけれど、侯爵様と結婚するのも大変しかないと思うの。私はこんな状況じゃなくて本当に良かった。
さらにページをめくれば、マナーに教養、取り仕切らなければならない家政に、当然社交も、求められるものが男爵家と侯爵家では違い過ぎる話になっていた。この作者、高位貴族の暮らしに詳しいわね。リアリティーがありすぎて怖いくらいだわ。なにせこのヒロイン、努力はできるけれど、あまりデキが良い方ではないから。
でも良かった。結婚相手の侯爵様には溺愛されているのね。でも待って。溺愛されていれば、この苦行、数ランク上のマナーや教養を身に付け、数ランク上の家政や社交に耐えられるものかしら。気になって思わずページを読み進めて、はっと気づいた。このままでは夢中になって読んでしまう。
今夜、この本から読むことにしよう。
もう一つの小包を開けてみる。それには数冊の雑誌が入っていた。これはフランシスから、相変わらず手紙もカードすら同封されていないけれど。その雑誌にはフランシスが書いた推理小説が載っている。欠かさず送ってくれるので、私も欠かさず感想を送っている。
連載の続きだから楽しみで、雑誌をぱらぱらとめくって、その手が止まった。
そう、少し前から考えていた。
ルーファス様から聞いた王都で流行しているワインの話。話題になっているというボンボンショコラのこと。
思いついたことがある。
それは単なる思い付きでしかないけれど。思いついたからには、ちょっと試してみたくなる。
結果がどうなるかはわからないけれど、それでも試してみたい。
試すだけならできるはずだから。
翌日、ルーファス様のご予定は外出なしとのことだったので、朝食の席でお茶の時間を一緒にと誘ってみた。少しばかり提案してみようと思って。
約束は無事に取り付けられたけど、私はその時間までそわそわしながら過ごすことになってしまった。ちょっと試したいけれど、まずはルーファス様に確認しておく必要があるから。
午後のお茶の時間、私は早めに部屋に来てルーファス様を待っていた。ガラス張りのコンサバトリーで、庭の花々と緑を眺めながら。
「すみません。待たせしてしまいましたか。」
と時間通りに来たルーファス様がソファに座る。そして、
「ところで、僕に何か頼み事でも?」
すぐにそう言われてしまった。……気づかれている。
何でも言ってくださいとばかりに、ルーファス様は私が話すのを待っている。そうね、思い切って言ってみるしかない。
「こちらに友人を招待してもよいでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ。」
ルーファス様がなごやかに答える。思い切って、私はもう一つ付け加える。
「友人は、流行りの推理小説を書いていて。」
ルーファス様が分かりやすく顔をしかめた。ええと、私、そんなにダメなことを言ってしまったの!?
「あなたに、そういう友人がいるとは予想外でした。」
ため息をつきたそうにルーファス様が続ける、顔をしかめたままで。
「そうか、だからですか。」
……?
「推理小説、ボンボンショコラ、だからあなたはあの時あんなにも、はにかんだ嬉しそうな表情になって。」
私、そんな顔をしていた?チョコレートが嬉しくて、そんな、食いしん坊みたいな!?
「そんなに衝撃を受けた顔をしなくとも、僕が気づかないわけないでしょう。」
バレていた!こんな恥ずかしいバレ方になるなら、最初から話しておけばよかった!
「すみません、黙っていて。私、チョコレートが大好きなんです。」
ルーファス様はまだ険しいお顔。チョコレート好きって、そんなにダメだった?やっぱり高級品だから?どうしよう!?
「シェリル、そうではありません。あなたが友人といってるのはいったい誰なのかということです。」
ええと、そっちのほう?
「あの、推理小説家と言っても怪しくはありません。王立学園を卒業しているので、身元は確かですし。」
私は当たり前のことを言ったつもりだったけど、ルーファス様の表情がますます険しくなる。
「そういう意味ではありません。あなたは分かっていないのですか?」
どうしよう、わからないかも。
「そいつはどうやってあなたを、たぶらかしたのか。」
つぶやいたルーファス様が、忌々しそうにため息をつく。
「まだ、分かりませんか。あなたの“親しい”友人を招いて、夫である僕が歓迎するとでも!?
そんな男を招待すれば、隠しているつもりでも、あなたとの仲を勘ぐる輩が出てきますよ。」
なぜ、そんな話になるの。ルーファス様が今までになくイライラとしているのが伝わってくる。
私、どこから説明したらいい?ええと、ええと!
「あの、違うんです、男じゃなくて。」
ルーファス様がぽかんとした表情に変わった。
「待ってください。令嬢が推理小説を書いているんですか!?」
そうだった。推理小説を書くのは男性が主で、女性が、まして令嬢が書くのは珍しいのだった。
「はい、男爵家の令嬢で。」
ルーファス様が片手で顔を覆い大きくため息をついた。
「すみません。不愉快な言い方をしました。
あなたに大変親しい男の友人がいるのかと、勝手に想像して、こんな言い方を。」
今度はわたしがぽかんとなってしまった。
不思議だわ。とてもとても不思議だわ。私がそんなふうに見えるなんて。社交とかダメダメな私が恋人を作るとか、難易度が高すぎるのに。もしかしてルーファス様には、私がちょっとデキる淑女に見えるのかしら。もしかして魅力的な淑女に見えるのかしらって、そんなはずはないでしょ。
ルーファス様がそっと私の手に触れた。
「シェリル、僕を許してくれますか。」
「いえ、あの、そもそも、私の説明の仕方が要領を得ず、申し訳なかったと。」
「お詫びに、チョコレートを贈ってもよいですか?」
………………嬉しい。頬がゆるんでしまう。もう食いしん坊だと思われてもいい!
そんなやり取りののち、私はフランシスに手紙を書いた。良かったら一度レイウォルズに滞在してみませんかと。観光地ではないけれど、のどかな田園地帯で過ごすことで、創作のアイデアが湧くのを願ってと。
手紙を送ったからといって、来てくれるとは限らないのだけどね。