政略結婚が、恋になるまで
21.友人をおもてなし
というわけで、私は奥様業と時々浄化にプラスして、次期領主夫人にふさわしい装いの勉強もすることになった。少しずつなのが、せめてもの救いね。
そんな毎日を始めてしばらくたった頃、庭の花々を眺めながらコンサバトリーでひとり休憩時間を過ごしていたら、男爵令嬢で推理小説家のフランシスから手紙が届いた。
“ミルトンに到着。一か月はこのあたりに滞在するから、予定が合えば会いましょう。”
そんな簡潔な手紙だった。
……ちょっと待って。もう来ているではなく、これから行くという手紙が欲しかった!
たぶん、フランシスは領主館でのもてなしとか、そういうものは期待していない。執筆のための取材旅行みたいなものだもの。でも、けれど、私としてはお誘いした側になるのだし、そもそもの目的のためにも何かしたい。
そうね。何をするかは、フランシスから行くという手紙が届いて、それから考えればいいと思っていた。自分の浅はかさが恨めしい。でも、今からでも何かできるはずよ。大丈夫、何かできるわ。
まず、手紙を持ってきたヘレンが控えていてくれたので聞いてみる。
「ヘレン、あなたはレイウォルズの出身ではなかったわよね?」
物静かな侍女が答える。
「はい、王都ですので。」
「ちょっと聞いてみたいわ。友人の男爵令嬢がこちらに来てくれたの。彼女はどんなもてなしを期待するかしら?」
少しばかり目を見張ったヘレンがやはり淡々と答えた。
「ここは王都に比べ地方の田園地帯ですので、その良さを味わえるようなもてなしが喜ばれるかと存じます。」
私もそう思うわ。だから、さらに聞いてみたい。
「ヘレンのいう田園地帯の良さというのは、どんなもの?」
「社交シーズンに王都に滞在されているお嬢様がたは、夜会にお茶会、観劇などスケジュールで埋められており、お忙しいものです。領主館にご滞在されるのでしたら、広大な庭園の散策、庭の花々を楽しみながらコンサバトリーでゆったりとお茶会でしょうか。ただし、お嬢様の性格によっては、退屈に感じられるかもしれません。」
確かにその通りね。やはりアピールするなら庭や自然、ゆったりのんびりと。
「ありがとう。」
そう言えば、物静かな侍女が微笑を浮かべた。
さて、と私は少しだけ気合を入れる。
「ヘレン、呼んでくれるかしら?エーメリー、キャシー、それからアントニーにカーライル、当然バセットも。」
「お呼びですか?」
と明るい声で最初に現れたのはキャシー。
「教えてくれる?今、ミルトンで話題になっているものって何かしら?」
「奥様、それはもちろん夏至の祝祭です!今度の祝祭は踊りますので、パートナーが誰になるか皆そわそわしています。誰と踊るかって、とっても重要ですから!」
なるほど、キャシーくらいの年ならそういうことになるのね。
「すでに恋人がいたり、婚約や、結婚している人はどう?」
「もちろん、祝祭のダンスが楽しみでそわそわしています。秋の収穫祭でも踊りますけど、やっぱり夏至の祝祭は特別ですから!あ、奥様、これ女の子たちだけじゃないんですよ。恋人や奥さんを大切にしている人ほど気合が入ります。やっぱり夏至の祝祭で踊るのは特別ですから!もちろん女の子が集まれば、どんな晴れ着にするとか、髪型に飾りをどうするかとか、そんな話題でもちきりです。今から準備したのでは遅いくらいで!」
……ずいぶんと盛り上がっているのね。
「お呼びでしょうか?」
と元気な声で次に現れたのはアントニー。
「少し教えてほしいの。レイウォルズのことをどのくらい知っている?」
「旦那様についてあちこち行きますので、けっこう知っていると思います。」
「では聞かせてほしいわ。ほかの所ではあまり見ないような、珍しいものってあるかしら?」
アントニーがちょっと首をかしげて答えた。
「オレは出身が王都なので、こちらに来て驚いたのが羽石ですかね。洞窟の中で光ってる石がこう、いくつも跳ねるんですよ。」
……跳ねる?今度、私も見てみたいとお願いしてみようかしら。
「奥様、お待たせいたしました。」
と落ち着いた声で次に現れたのはバセット。
「急なことなのだけど、私の友人がミルトンに来ているの。滞在は一か月の予定。その間に一度は領主館に招待したいわ。訪問や泊りのお客様が来られない日となると、五日後かしら?」
「おっしゃるとおり五日後でございますが。確認させていただきたいことがございます。
まず、お客様はお一人でございますか?晩餐のみでしょうか、それとも何泊かなさいますか?」
「確かにそうね。男爵令嬢が一人とたぶん執事を伴っていると思うわ。私は招待したいけれど、彼女がどの程度応じてくれるかはわからないの。」
「男爵家のご令嬢ですか。」
珍しくバセットが驚いている。
「それでしたら奥様、五日後ですと準備とその後のスケジュールが厳しくなります。」
「確かにそうね。五日後、まずお茶会に招待するのではどうかしら?」
「かしこまりました。その後、晩餐やご滞在があるかもしれないと心積もりしておきますので。何日かご滞在されるのでしたら、12日後がよろしいかと存じます。」
「ありがとう、よろしくね。お義父様にも伝えてくれる?晩餐の時に私からもお話しするけれど。」
「かしこまりました。」
とバセットが物柔らかに微笑む。
「これを機に、奥様の手腕が活かされることを願っております。」
……実地でおもてなしの練習ということね。
「遅くなりまして申し訳ございません。」
とはきはきとした声で次に現れたのはカーライル。
「ルーファス様は書斎でお仕事中よね?後から直接お話しするけれど、その前に伝えててほしいの。友人の男爵家の令嬢がミルトンを訪れていて、お茶会に招待する予定と。」
「かしこまりました、旦那様にお伝えいたします。」
「それから、ミルトンで夏至の祝祭があるそうね。ルーファス様も行かれるのかしら?」
カーライルが、どことなく含みのある笑顔になる。
「確認はしておりませんが、毎年顔を出されていますので、今年も行かれるのではないかと。
奥様、ご安心ください。旦那様は今まで誰とも踊られていませんので。」
……それ、マナー的に大丈夫なの!?舞踏会みたいなものなら、ある程度は誰とでも踊らないとダメじゃない?それとも、ルーファス様はダンスがお嫌いなのかしら?だったら嬉しいわ、私も苦手だから。
「奥様、大変お待たせいたしました。」
と最後に現れたのはエーメリー。
「急なことなのだけど、何かいい案がないか教えてほしいの。友人の男爵令嬢がミルトンに来ていて、私としては何かもてなしたいのだけど、どうかしら?」
エーメリーが頼もしい笑顔で話し出す。
「それでしたら、メイウッド屋敷がようございます。先代の奥様もご友人を招待されておいででしたから。」
確かにそうだわ。私、なんですぐに思いつかなかったの。
「ただ、男爵家のお嬢様でしたら、領主館に滞在していただいた方がよろしいでしょう。屋敷の方では十分な対応ができませんので。」
「確かにそうね。あちらの屋敷では使用人の数が足りないわ。
その前に五日後、お茶会に招待しようと思うのだけど、どうかしら?」
「天気が良ければ、ガーデンアフタヌーンティーがおすすめでございます。お嬢様のお好きなものがあれば、できる限りご用意いたしますので。」
そして五日後、天気は朝から雨だった。見事なほど空は雲に覆われ、五月の雨が降り注いでくる。
どうしたものかしら。
私は好きなのだけど、こんな日も。途切れることのない雨の音も。雨に濡れた草木も、庭も。雨音を聞きながら読書をするのも。なだらかに続く丘に、ただ雨の滴が降り注ぐのを見ているのも。
ノックの音がする。エーメリーが困惑した様子でやってきた。
「申し訳ございません、奥様。今日に限って雨とは。」
「あら、それは仕方ないわ。」
天気はどうにもできないし。フランシスはお茶会の招待に応じてくれたし。準備の時間は限られているし。もう決めるしかない。
「コンサバトリーにしましょう。庭の緑が雨に濡れて鮮やかでしょう?」
エーメリーを伴ってコンサバトリーに入れば、曇っているぶん暗く感じる。いつもなら気になるほどではないけれど、お客様が来るとなるとね。
「ソファーのクッションを明るい色のものに変えて。」
それから、いつもならソファに座るけれど。ここには小さめのテーブルもあるのよね。
「テーブルを窓際に動かしましょう。椅子は二脚で。」
「旦那様が、途中ご挨拶したいと仰せでしたが。」
とエーメリーが口をはさむ。そうだった。お義父様は来た際に挨拶を、ルーファス様は仕事の都合上途中で、という話になっていた。
「椅子は近くにもう一脚置いて。」
従僕や侍女たちがエーメリーの指揮のもと作業する。エーメリーからの提案で、重厚な置物と椅子を移動させ、代わりに可愛らしさのある置物や優美な雰囲気の椅子を別の部屋から持ってきてもらうことにした。ついでに配置もエーメリーと共に変えてみる。すると、部屋が明るい雰囲気に変わった。すごいわ。試してみるものね。
それでも、これが正解かどうかはわからない。もともとフランシスは取材旅行で、友人にちょっと会いに来たくらいのつもりだろうから、期待などしていないでしょうし。フランシスも堅苦しいのが苦手だから、これくらいがちょうどいいとは思うのだけど。
「奥様、そろそろ着替えの時間でございます。」
ヘレンに声をかけられる。そうだった。迎える側として一応デイドレスを着なければ。フランシスはあれでいて令嬢として取り繕うのが上手だから、それなりのドレスを着てくるはずだもの。
お茶会の終了した夕方、私は部屋着に着替えひとり自室でぼーっとしていた、雨の音を聞きながら。
執事をお供にやって来たフランシスは見事な令嬢ぶりを披露し、そつなくお義父様に挨拶し、コンサバトリーにてアフタヌーンティーがテーブルに用意され、侍女もエーメリーも下がると、いつもの無表情に戻った。
テーブルには、つまめる大きさのサンドイッチが三種類、スコーンにはクロテッドクリームとアプリコットジャム、レモンケーキとドライフルーツたっぷりのパウンドケーキ、そして紅茶とミルク。
互いに近況報告をぽつりぽつりと語りながら、サンドイッチをつまむ。実はと私の結婚の話をすれば、フランシスは執事に調べさせてもう知っていた。温かいスコーンにジャムとクリームをたっぷりのせれば、フランシスも同じで、顔を見合わせて笑い合う。
ケーキはどちらもフランシスが好きなものを用意することができた。フランシスの顔がほころぶ。そこにルーファス様が挨拶に来て、一瞬で令嬢の仮面をかぶり直した彼女は学園時代と変わらず見事だった。
無表情な時も、令嬢の仮面をかぶっている時も、フランシスは観察している。私はもちろん館の主人から使用人まで、密かにじっと。ここではどんな観察をしたのやら。
雨の音が聞こえる。雨が穏やかに降り続いている。
ソファにもたれかかる。疲れたけれど、今までにない充実感がある。少しだけど、私にもできた。友人を招待することができた。
そして私は、晩餐の時間にキャシーが呼びに来るまで、そのまま寝てしまった……。