政略結婚が、恋になるまで
29.過去の手紙
私は今、悩んでいる。夜の私室で、本の置き場所に困って。
一度に大量に買ったわけではないのに。少しずつ少しずつ買い足していったら、誰からも咎められなかったのでつい買い続けてしまったら、増えるわよね。
デスクの上に並べていたのだけど、このままではあふれてしまう。
この部屋にほかに置けるような家具はないし。となると、あまり読まない本をチェストの奥の方に入れておくぐらいしか方法がない。
さてどれにしたものかと、並んだ本を眺めたり取り出したりしていたら、一冊の本が目に留まった。これは実家から持ってきたもの、お姉様と妹から誕生日にもらった旅行記。けれど途中までしか読んだ覚えがない。思わず手を伸ばし、本を開き、ページをめくり、気が付けば読み進め……、としていたら本の置き場所問題は解決しないわ。
とりあえず栞を挟もうとして、それに気づいた。
ページの間から滑り落ちてきた、白い封筒。
その筆跡を見て、一気に思い出した。
なぜここから出てくるの。
一度だけもらった手紙。あの元婚約者がそれでも出してくれた手紙に、嬉しかったような気もする。同時に困惑した。この手紙をもらった頃は、会っても私に向けられるのは嫌味な言葉ばかり。私がなんとか話しかけようとしても、苛立ちのこもった視線を返される。そんな状態だったから。
内容がさらに困惑に拍車をかけた。私は封筒から一枚だけの便せんを取り出す。
そう、そうだった。こんな言葉だった。
“レイウォルズに来てくれ。今すぐ。”
……無茶な。
私は王立学園の学生で、学園生の多くが貴族で、令息令嬢のお遊びなんて揶揄されることもあるくらいだけど、実際はかなり厳しくて、お金のないうちには単位を落とす余裕はなくて。特に魔法士の特別講義を取っていたから、それはどうしてもはずせなくて。
それでも婚約者の要望だからと、教諭に頼んで何とか他の日に振り替えてもらい、父と母に婚約者の領地に行かせて欲しいと頼んだ。お姉様と妹は何度か婚約者の領地に行っていたから、私も何とかなるだろうと。けれど。
図々しい、婚約者が王都の大学に通っているのに行く必要などない。王都で会えばいいことだ。そもそも、そんな事に使うお金などないと言い切られた。姉と妹の結婚資金に困っているというのに、そんなことも分からないのかと。
私は旅費を手に入れられなかった。
その時私が思ったことは、よく覚えている。だって、ほっとしたのだから。
私はできるだけのことをした。私ができる限りのことを。
だからこれ以上はしょうがない。領地に行けなくてもしょうがない。
ほっとした後ろめたさと、要望に応えられなかった罪悪感。
でも、婚約者だから会わなければならないけれど、婚約者にはあまり会いたくないのだから。
結局、婚約者に宛てた手紙には、まさかお金がないと書くこともできず、学園の授業が忙しく申し訳ないけれど行くことができない、王都で会うことにできないだろうかと、そんな内容をできるだけ丁寧に書いた。
手紙の返事は返ってこなかった。
久しぶりに思い出してしまった。あの頃は胸に石が詰まっているような毎日だった。
でも、そうね。今は違うわね。
だって。
左手の指輪を見る。その内側には、明るいブラウンの宝石が埋め込まれている。
それを思い出しただけで、気分が軽くなって。
嬉しい気持ちで胸がいっぱいになって。
だから元婚約者の手紙など、どうでも良くなって。ドアをノックする音に応じてしまった。