政略結婚が、恋になるまで
37.その答え
あからさまに動揺している。視線がさまよい、顔を背け、片手で顔を覆い、それからルーファス様は大きくため息をついた。
ええと、この場合、妻が恋人を持つのはダメだけど、夫が持つのはOKみたいな……?
「参りましたね。僕はあなたには誠実でありたい。だから、そう問われると本当のことを話してしまう。
あなたは、僕の気持ちまで暴いてしまおうというんですね。」
……つまり?
「初めに言っておきます。あなたは僕の妻だ。僕はあなたを手放さない。
いや、手放したくない。あなたの気持ちが、……どうであったとしてもだ。」
ルーファス様にしては珍しい話し方。まるで自棄になっているような。
そんなルーファス様が私にベンチに座るよう促す。そして自分も向かいにどさっと腰を下ろした。
ルーファス様にしては珍しい、やはり自棄になっているような。
そんなルーファス様が面倒そうに一度、前髪をかき上げた。
「あなたと初めて会った日。
酒場でユースタスの暴言にただ立ち尽くしていたあなたを見たとき、僕はこう思ったんですよ。
ユースタスこそ、あなたにふさわしくない。
ふさわしくないのユースタスのほうだ。こんな暴言を吐く男より、僕なら大切にできると。僕と結婚したほうが、あなたにとってマシなはずだと。ずっとマシな状況になるはずだと。
だから、領主の跡取りになると同時に、あなたを娶ることができる、そんな状況を整えたんです。僕が跡取りにならなければ、子爵令嬢であるあなたとの結婚はまず無理ですからね。
それでも僕は迷っていた。あなたには選択肢がある。子爵である父君が悪いようにはしないだろうから。次期領主とはいえ貴族ではない僕と婚姻を結ぶより、幸せな道がある。
だが、結婚式であなたはこう言った。花婿に逃げられた花嫁は、花嫁に非があったと言っているようなものだと。
その言葉で僕は決めてしまった。あなたを非のある花嫁にはしない、そういう理由があれば、僕があなたを妻にしてもいいだろうと、そう考えたんですよ。
一目惚れでしたから。」
一目、惚れ?
ルーファス様が再び前髪をくしゃりとかき上げる。
「いや、僕は認めたくない。たとえそうとしか言いようがなくても。僕は一目惚れなどという、あやふやな表現は使いたくない。そんな適当な理由で求婚したと思われたくはないですね。
しかも、ただでさえ利益のからむ政略結婚。好きだなどと言ったところで、領地の利益のため都合のいいことを言っていると思われるのがオチだ。
そもそも、一目惚れだなどと言われても、あなただって信じられないでしょう!?」
……ええと、それはどうかしら。一目惚れを信じるかどうかって、私にはよくわからない。私には、一目惚れの経験はないから。一目惚れそのものもよく分からないから。それよりも。
「私が信じられないとすれば、酒場で、あの時の私は情けなかったと思うのですが。
婚約者に堂々と言い返すこともできず、自分で状況を変えることもできず、状況を変えられる誰かに頼ることもできず。何の行動もできない、ただ逃げるだけの。」
ルーファス様が眼鏡をかけ直すようにして私を見る。
「そんなふうには、感じなかったですが。
あんな暴言を聞けば、動揺して当然です。よく覚えていますよ。腸が煮えくり返るほどの怒りを感じましたから。
あなたは泣き崩れもせず、かといって無駄にあいつと争うこともせず、ちゃんと領主館に戻ってこられたでしょう。
何より、蒼白な顔で立ち尽くしたあなたを見たとき、僕は思った。
こんなふうに怯えさせるのではなく、あなたが笑ったらどんなに可愛らしいだろうかと。
不安や怖れに震えさせるのではなく、僕のそばで安心してくつろいで笑ってくれたらと。
そんなふうにできるよう、ただ、僕が大切にしたいと。」
確かに、信じられない。
私のことを人買いに売ろうと、殺してしまおうと言う人もいれば、そんなふうに思ってくれる人もいたというの?
「そう、思われたのですか、私と初めて会ったときに?」
問い返せば、ルーファス様がひときわ大きなため息をついた。
「いいえ、初めては酒場ではありませんよ。」
「……では、いつ?」
聞き返せば、ルーファス様と目が合った。
「あの日、仕事から戻ると、居所の分からないユースタスを探すようエーメリーに頼まれました。
その前に、あなたのお父君にもご家族にも今まで一度もお会いしてなかったので、ひとまずご挨拶に伺わなくてはと客間に向かう途中。
あなたは侍女にユースタスの居場所を聞いていましたね。それで分かりました、この令嬢が花嫁になるシェリル嬢かと。
その侍女に尋ねる前です、僕が初めてあなたを目にしたのは。
あなたは廊下に落ちていた花びらを拾い、光に透かすように持ち上げ不思議そうに見つめた後、笑った。
たったそれだけの仕草で。それを見ただけで。
僕はあなたにどうしようもなく、魅かれた。」
ルーファス様がじっと私を見ている。
でも、記憶にない。いかにも私がしそうな事だけど。
確かに、信じられない。
私はあの日、自分は途轍もない不幸を背負っている、そんな気がしていた。
その近くに、幸運もあったというの。私が気づかなかっただけで。