政略結婚が、恋になるまで

52.エピローグ


 舞踏会の翌日、魔導便が三通届いた。示し合わせたように、私宛てに。
 朝食の前に、届いた手紙をざっと読む。

 ちなみに昨夜は、寝室でルーファス様とお話しすることはできなかった。ドレスを脱いで軽く湯あみをした後、寝室に行ってベットに上がったことまでは覚えているけれど。疲れ果てた私は気が付くと朝で、ルーファス様の腕の中で、おはようと唇に落とされた口づけで、ようやく目が覚めたから。


 身支度を整えた後、ルーファス様と朝食室に降りていく。そこには領主館に泊まったユースタス様とヴィオラさんがすでに着席していた。私たちも席に着けば、続いてお義父様も来られた。
 お互い挨拶を交わしつつ、私は思う。まさか、あの結婚式から半年でこんな状況になろうとは、と。

 朝食はなごやかに進み、カップに食後の紅茶が注がれる。そこで、私は話を切り出すことにした。

「ところでユースタス様、レイウォルズの役に立ちたいと、そういうご意向でしたよね?
 もちろん、お忘れではありませんよね?」
 にっこりと笑みを付け加えた私に、ユースタス様が胡散臭そうな顔をする。

 そこにルーファス様から助け船が来た。
「伯父上、好意的な知名度というのは有難いですね。
 先日、小さな商談ではありましたがスムーズにまとまりましたよ。
 ユースタスのおかげです。」
「そうか。」
とお義父様は本当に嬉しそう。それを見たユースタス様が面倒そうに私に言った。
「で、何だ?」

 私はもう一度にっこりと笑う。
「友人がユースタス様にぜひお会いしたいとのこと、可能なら明日にでもと。」
 ユースタス様がますます面倒そうな顔になる。
「なんだよ、茶会に出て、女のおしゃべりに混ざれって言うのか?」
「まさか。」
 それよりもっと、エキサイティングよ。

 私は手紙を取り出し続ける。
「一人は伯爵令嬢。」
 ユースタス様の眉がピクリとする。
「伯爵、だと!?」
「ええ、彼女は絵を描いていまして。ちなみに令嬢のお遊びではありません。駆け出しの画家ではありますが、サロンで注目を集めています。彼女がドラゴンハンターを描きたいそうです、面白そうだから。」
「その、オモシロソウってのは何だよ。俺は珍獣か!?」
 似たようなものじゃないかしらね。そこに、
「それはいい!ぜひ、うちにも欲しいものだ。」
とお義父様から乗り気の発言が。ユースタス様はそれ以上、反対できなくなってしまった。

 私は続ける。
「二人目は男爵令嬢です。」
 ユースタス様が顔をしかめる。
「男爵って、また貴族かよ。」
「ええ、推理小説家です。ちなみに令嬢のお遊びではなく、今売れている作家の一人です。」
「いや、だからって、俺にどうしろっていうんだよ!?」
「推理小説の題材に使いたいので取材をさせて欲しいとのことです、面白そうだから。」
「……は?」
「手紙をそのまま読みますね。
 タイトルは“英雄の帰還”。
 ドラゴンスレイヤーと呼ばれるようになった英雄が、故郷に戻ってくる。
 英雄を迎えるため集まった親族、そして昔なじみの友人たち。そこで起こる殺人事件。
 容疑者は、英雄。」
「それはなかなか興味深い。」とルーファス様。
「ええ、面白そうですよね。」と私。
「……は!?」と固まっているユースタス様。

 私はさらに続ける。
「三人目は侯爵家のご令嬢。」
「侯爵!?」
とユースタス様がぎょっとした顔になる。
「俺に何をさせたいんだ!?」
「ええ、ガスター侯爵家のご令嬢、イヴァンジェリン様です。
 ユースタス様の活躍の聞き取りを行い、本として出版、その利益のうち一定額を、冒険者基金に使いたいというお考えです。」
「……まともだ。いや、その発想はまともじゃねえだろ!」
 もちろんイヴァンジェリン様の一番の目的は、ドラゴンハンターに直接会って話を聞くことでしょうけれど。
「手紙には、ユースタス様にも当然利益が入ると書いてあります。今後、結婚をお考えならこの利益がお役に立つでしょうとも。」
 そう付け加えれば、ヴィオラさんが反応した。
「私はこの話、良いと思うわ。もちろん、決めるのはユースタスだけど。」
 その言葉に当然のごとく、ユースタス様は反論できなくなってしまったようで。 
 
 澄まし顔のヴィオラさんに、仏頂面のユースタス様、その様子にお義父様は微笑ましそうな視線を向け、ルーファス様は笑いをこらえ、私はやっぱり不思議な気分になる。
 あの結婚式から半年でこんな状況になろうとは、誰が想像し得ただろうか、なんて。

 そんなことを考えながらミルクたっぷりの紅茶をいただいていたら、隣のルーファス様が私だけに聞こえる声で言った。 
「あなたの肖像画を描いてもらうというのも、良いですね。」

 ………………………、え!?

 そしてその日一日中、私は肖像画回避に頭を悩ませることとなった。結局、結論はルーファス様の笑みと共に保留にされてしまったけれど。
 


 数日後。
 ユースタス様とヴィオラさんはスランに戻り、お義父様はフロムロウのご領主の所へお出かけ。ルーファス様も仕事で外出中だけど、お茶の時間には戻ると伝言があった。
 私は今日の予定が早めに終わったので、館の二階から外を眺めながら、ルーファス様の帰りを待っている。少しそわそわしながら。

 そんな自分に気づいて、何だか可笑しくなった。半年前の私ならば、きっと夫の帰りをそわそわして待つ未来など想像もできなかったから。 
 そうね。半年前の私は苦しかった。苦しいと気づきたくないほど、苦しかった。
 でも、そんな私に幸運が訪れて、私の願いは叶ってしまった。

 今、私はまた願っている。
 失いたくない大切な、守りたいものがあるから。私とルーファス様の間にあるつながりを。たぶん恋と呼ぶことのできる私たちの気持ちを。どうか、壊れることなく続くようにと。

  
 向こうから蹄と車輪の音がする。
 馬車が来た。前庭に沿ってぐるりと巡り、エントランス前で止まる。
 玄関ホールで執事が出迎える声がする。
 それから階段を速足に上がる足音。
 振り向けば。

「シェリル。」
と穏やかな眼差しの夫の姿。
 
「ただいま。」とルーファス様。
「お帰りなさいませ。」と私。
「お茶の時間を一緒にいかがですか。」とルーファス様が手を差し出してくれる。
「はい。」とその手に私の手を重ねる。

 私は願う。
 また明日も、この幸せな言葉を伝え合えますようにと。
 

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