愛せないなら君と死にたい

星合いの代わりに

 「お兄さん、どうだった?」
 「会う必要なかった。」ん?どういう意味?優斗は、会う必要があると思ってたの?
 「え、喧嘩したとか?」
 「喧嘩はしてないよ。兄貴うざすぎる」
 「そんなうざいの?」
 「うん、なんか、気が合わない感じ」あーそうゆうのってあるよね。。。私も世間体や常識を気にする母親とはどうしたって気が合わなくて、行動の全てが真逆だった。もちろん考え方も真逆で、話せば話すほど険悪になっていく。関わらないのが一番問題なく過ごせる方法なのかもしれない。
 でも、まだ家族を捨てていない優斗のことを、温かい人だなと思った。同時に自分の心の冷たさに、嫌気が差す。一生会わなくても、のうのうと笑って生きていける私はやっぱりおかしいのだろうか?会うべきなのが、家族なのか?冷血人間と呼ばれて来た私には、わからない。ただ、優斗がどんな気持ちを抱えているのか謎だった。
 「ねぇ、今日来る?」何となくのつもりだった。実は最近、日給1万も稼ぐのが一杯一杯で、先行きが不安だった。本指名客しか来ない状況、ネット指名は皆無に近い。
「需要がない」と言われている気がして、他の女の子だってお茶を挽いているのに、「私だけ、一番仕事が少ない」、「私が一番ブスだ」と、どんどんメンタルが擦り減っていった。こうゆう時の為に昼職に就きたいのに、マイナンバーカードさえ無い私じゃどこも雇ってくれない。これからの生活の不安と、ホストとして頑張る優斗を想う度に、会いたい気持ちだけがどんどん加速していった。
 孤独だった。私には、優斗しか居なかった。優斗が世界の全てで、返ってくるメッセージだけが救いだった。
「行こーかな」と、少しだけ間を開けて来た返信に1人で微笑む。
 風俗嬢だって、みんな恋をしてる。周りを見ると、彼氏にメールを送ったり、本指名との写真を編集したり、、私だけじゃない。みんな恋をして、待機室という狭い箱の中で我を忘れてニヤけてるんだ。この場所からは、好きぴが世界の全てかもしれない。
「桜さん予約入りました」との声に笑顔で答える。その瞬間携帯が鳴って、優斗から「前と同じ時間に行く」の文字。優斗が来てくれるなら、私なんだって頑張れる。優斗が会ってくれるなら、どんなに辛くても笑えるの。だって、今日の夜は幸せだってわかっているから。
 私は肌が白いからか、外人さんからの指名が多い。呼ばれるのは大抵高級ホテルの10階以上。相手はパイロットや有名大学に通うお金持ち。年齢も同い年であったり、近いことが多い。だけど、激しいのは好きじゃない。力強く抱き締められる度に反吐が出そうになる。淡いブルーの瞳に、白い肌、金色の髪の背の高い彼は、他の女の人からしたら憧れの対象になるんだろうか?
 だけど、大きな体で愛を囁かれるだけで、無理だと悟った。どんなに色素が薄かろうが、かっこよかろうが、私がこの人を好きになることはない。
 心の中で優斗の笑った顔を描いてキスをする。でも、もう、私は男性嫌いなのかもしれない。だってこんなに男らしい人が嫌いなんだから。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 だけど、いじめられた過去を、1人ぼっちだった過去を洗い流せない。女の子と喋る度に過去のトラウマが顔を出す。今日は笑ってるこの人は、明日には私のことを1人ぼっちにするんじゃないかと。実際そうゆうこともあった。私がどんなに相手の女の子と仲良くなりたくて勇気を出しても、立ち直れないくらいに拒絶された。
 だからもう、何も話せなくなっちゃったんだ。
 でも、優斗は違う。私が勇気を出して、「会いたい」って言っても大嫌いって言わずに来てくれるの。私のことを見捨てずに居てくれるの。他の人みたいに、激しいプレイもしないの。
 某有名大に通う彼に軽く笑いかける。「May the dress you wear today be a dress of happiness.(あなたが今日着ているドレスが幸せのドレスになりますように。)」
「Thank you.」そんな素敵な言葉を掛けてくれた彼に、今日始めて心から笑えた。そうだね、今日は優斗が来るから絶対に幸せのドレスになるよ。
「I'm happy because I met you.Good night.」そう、目の前にいる人は優斗なの。今私は世界で一番幸せそうな顔をしているんだろう。
「Good night,Sakura.」
「Bye」と挨拶を交わし合い、Kissをしたがる彼に「I want to spend more time with you, but the staff will get mad at me.(もっと一緒に居たいけど、スタッフに怒られちゃうから)」と伝え、扉を閉める。
 エレベーターから見える美しい夜景も、神殿みたいなホテルのロビーも、どうだっていい。誰もいなかったら虚しいだけでしょ。
 フロントのお姉様に会釈して、迎えの車に乗り、スタッフにも感謝を伝えた。淡々と、お金の精算をし、高速に乗る。都内へと移り変わって行く夜景が綺麗で、ワクワクとした気持ちに包まれる。(もうすぐ優斗に会える!!)
 スタッフの話にもルンルンで答えていた私は、普段と明らかに様子が違って、ある意味おかしかっただろう。いつもは、疲れ切って仮眠しているのに、今日はこの後に控えるロマンチックな展開を考えると、目が輝いてしまって、とても眠れるような状況じゃなかった。
 (メイクは、どうしようか、韓国系にしようかな?それとも、ちょっとセクシー系にしようかな?カラコンはどうしようか?付けた方がいいんだけど、どのタイミングで外そうか。。ちょっと甘い系のお酒を飲んでいた方がキスした時にいいかな?あ、でも、寝る前に甘いのは歯に悪いか。。。でもな、、、。服はこのままでいいとして、帰ったら急いでシャワー浴びないと!)
 そんなことを考えて、寝れる訳がない!何をしようかどうしようか、頭の中はフル回転だ。
 あまりにも上機嫌で喋り過ぎたせいか、スタッフに「何かいいことあったんですかー?」と聞かれてしまった。
「はい!あったんですよー!今日すきぴが来るんです!!」
「え!?桜さん彼氏いるんですかー?」
「はい!いるんです!え!?彼氏?彼氏じゃないですよー!本指です!今日来るんですよー!家に♡」
「桜さんclub行かれるんですか?」
「いや、人生で一度も行ったことなくて」
「じゃあ彼とは、どこで出逢ったんすか〜?」
「やだもう!出逢ったなんて〜!そんなんじゃないですよぉ、マッチングアプリです。そこで仲良くなって〜!私好きになっちゃってー。。。」
「いや、俺も今の彼女とマッチングアプリで会ってー!。。。」
「あ、今連絡先追加したんで」
「ありがとうございます!じゃあスタンプ何か送っときますね!」
「まあ、色々あるけどお互い頑張りましょうね」
「はい!良い恋しましょうね」
「お休みなさーい」
「お疲れ様です!お休みなさい」
 サーフボードを乗せた車が去っていくのを確認して、アパートの階段を上る。さあ!今からが勝負ね!老廃物を排出すべく、すぐにお風呂のスイッチをonにする。時刻は24時02分。優斗が来るのは26時。約120分、何が何でも綺麗になってやるー!
 そう息巻いて完璧に化粧を施したまま、30分が経過した。連絡も無い。来る気配もない。時刻は26時31分。私見捨てられちゃったのかな?来るって言うのは本当は嘘で、もう会う気なんてないのかな。。。私やっぱり必要ないのかな。そだよね、私なんか、、そう思って諦めそうになった時、やっと優斗からのメッセージが鳴った。
「ごめん、急にミーティングになっちゃって。。連絡できなかった。」
「ううん、大丈夫だよ。お疲れ様。」ミーティング?本当に?私まだ優斗のこと信じていいの?
「行くの3時くらいになる」
「ん、大丈夫」良かった来てくれるんだ。
「じゃあ私寝ちゃいそうだから鍵開けておくね」それだけ伝えてベッドに潜りこむ。安堵からか、強烈な睡魔が襲ってきた。もう限界。頑張ってたけど眠いや。
 そう、うたた寝に入ろうとした数秒後なのか、数時間後なのか、、、突然玄関がガタガタッと音を立てて、咄嗟に飛び起きた。何!?誰?
 眠たい目を頑張って開いて体を起こそうとすると、1Kのドアが開く音がした。(良かった。警察じゃない。優斗だ。)
 安心すると同時に幸せに包まれる。
「あ、おはよ」
「ごめん寝てた?」
「ううん寝てないよ」そう言うと同時に上に乗られキスをされる。(どうしたんだろう。いや、この前は遠慮してただけで、普段はこんな感じなのかな?)
 でも、全然嫌じゃない。キスだろうが何だろうが何してもいいよ。
「今日、ミーティングで目茶苦茶泣いた」(え、泣いてたの?優斗が?)
「え、怒られたの?」
「そうじゃないけど、指導受けて、どれも本当のことだから。。俺に期待してくれてるのはわかるんだけど、指摘された部分が当たり過ぎてて、泣いてた」そう言いながら何回も何回も唇を重ねられる。それを受けながら思った。優斗は、「辛い」って言うことはない。辛い辛いって泣きじゃくって、誰かを追い詰めることはない。いつも口数が少なくて。。。でも、心の中で、沢山抱えているのかな?
 タバコの匂いがする彼と何度も何度も重なり合った。だんだんと明けていく空が、カーテンの隙間から入る光を強くしたけど、最初の時よりは恥ずかしく無くて、弱みを知った分、優斗だって人間なんだと、ただのセフレではなく、少し安心したのかもしれない。
 横で眠る彼に勢いよく、抱きついた。(大好きだよ、慧人。)慧人みたいに細い体に頬を乗せる。隣に居るのは優斗なのに、自然と元彼とまた一緒にいる気がしたんだ。最低だな、私。
 寝顔を見ていたかったけど、眠すぎて、気付いたら爆睡していた。
 慧人みたいな優斗の温もりを感じながら、幸せな気分で目を醒ます。一緒ぐらいに目が醒めて、また沢山沢山抱き締められる。布団の中でも、着替えている時もずっと。嬉しくて、でも彼に少しでも笑って欲しくて、遠慮がちに背中に腕を回した。
「じゃーね」
「うん」
 玄関先でKissをして、今日も仕事に行く彼を見送る。優斗が何しててもいいよ。ホストも、薬も、昨日布団の中で言ってた2年前に保護観察が外れたって話も、全部全部気にするつもりはない。前科とか肩書とか語ったって、私の目から見た優斗が全てなんだもん。大好きなんだもん。
 だからね、ここに帰って来てくれればいいの。優斗が会いに来てくれればいいの。(だから、これから先も、会いに来てね。)彼が去った玄関先、一抹の不安を感じつつも、鍵を閉める。ねえ、明日は会えるかな?
 多分、周りから見たら馬鹿なんだろう。それでもいい、馬鹿でも何でも、こんなに1人の人を想う気持ちは安くないよ。きっと誰にでも売れるようなものじゃない。優斗だからなの。他の人じゃありえない。
 不意に仕事用のアラームが鳴る。スマホに映る数字は09/09ー重陽の節句。
 意味を調べると、「陽極まりて、陰となる」らしい。つまり陽の気が強すぎて、陰の気に反転する、不吉な日だと。それでもいい。だって、織姫様と彦星様が巡り会う日ー七夕だって、07/07でしょ?似たようなものじゃん。07/07みたいに恋人と過ごすのにピッタリな日に優斗と会えたこと、記念日に優斗に会えたこと、すごくすごく幸せ。
 でも、本当は今年の12月31日(私の誕生日)にも会いたいな。「会いたい」って言ったら来てくれるかな?
 窓を開けると、大切に育てたトリカブトの花が、淡紫の花を咲かせていた。朝顔姫ー朝顔じゃないけれど、彦星に会えたことの証みたいに咲く華は、少し大事にしようと思えた。
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