ガラスドーム  ~婚約破棄は雪原の上で~

 エレナ。
 エレナ・ウェイツ公爵令嬢。
 彼の瞳の中に棲む公爵令嬢だ。

 エレナと私とアルファース。
 よく3人で遊んでいたが、私はいつも蚊帳の外だった。
 私がいくら近づいても、彼はいつもエレンを探した。

 私は毎日のように思っていた。

 彼女さえいなくなれば、彼は私のものなのに。

 成長するにつれてその思いはさらに大きなり、彼女への憎しみは膨らむばかりだった。
 死ねばいい。
 消えればいい。
 そう思う日々の中、エレナとアルファース王子は結ばれた。

 三日三晩、泣き続けたのを覚えている。
 彼女と私と何が違うというのだろう。
 同じ親戚の仲で、同じ歳で、同じような髪型に色が違うだけのドレスを纏っているのに。

 彼女の踊りが上手だから?
 彼女は木の下で裸足になって踊る時があった。
 なんともはしたない。
 そう思っていたのは、私だけのようだった。

 死ねばいいと何度思ったことか。
 彼女がこの世からいなくなってほしい。
 大丈夫よエレナ。私なら彼を幸せにしてみせる。
 だから安心して逝ってもらってもかまわないのよ。

 天国でもそうやって、いつまでもくるくると踊り続けていたらいいんだわ。

 そう嘆いていた日々から一変したのは、ある真冬の出来事だった。
 アルファース王子の城へ向かう途中、彼女の馬車が崖から落ちてしまったのだ。
 
 彼女は帰らぬ人となった。

 私はその時悲しさよりも、嬉しさが勝ってしまって

「本当に? 本当に彼女は死んだのよね?」

 と言ってしまった。

 リングスフェールドの冬は早い。
 殿下とエレナの婚約は白紙になり、次の婚約者候補に私の名前があがった。

 私は喜んで婚約を受け入れた。
 アルファース王子もそうしようと答え、その時は心を入れ変えたように見えた。

 私の心に春が訪れた瞬間だった。
 彼女が死んだから、私は彼の婚約者になった。
 これほど嬉しいものがあるのだろうか。

 人の死を嬉しがることなどあってはならないのだが、これを喜ばない人はいないだろう。

 早く彼女のことを忘れますように。
 彼が早く心変わりして、笑顔になれるように。

 見えている? エレナ。
 あなたはどこで踊っているの?
 あなたがいくら舞いを舞っていても。
 もう誰も見ることはできないのよ。
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