氷と花

結婚の理由 〜 "My brother is a fool"

 自分の置かれた状況の気まずさに物も言えず、マージュは黙って扉の前に立つと、ごくりと唾を飲んでドアノブを回した。

 扉の向こうに現れたネイサンは、マージュが予想した通りの不機嫌そうな顔をして、まっすぐに立っていた。

 その背の高さに、その存在感の大きさに、マージュは思わず圧倒される。艶やかな黒髪は後ろになでつけられていたが、一部分だけ乱れて額に垂れていて、目の下には旅の疲れを思わせるうっすらとした(くま)が見えた。

「入っても?」
 ネイサンの質問は、あまり質問の響きを感じさせなかった。
 他人が自分の命令に従うことに慣れた者のそれだ。マージュのような小娘に反論できるはずもない、断定的な響き。マージュはうなずき、一歩後ろに退いてネイサンが部屋に入ってくるのを、なかば呆然と見つめた。
 今までマージュが立っていた窓辺まで足を進めると、ネイサンは振り返り、ふたりは小さな部屋の中で見つめあった。

 灰色の、なにものをも寄せ付けない冷たい瞳がマージュを見すえる。

 彫りの深い顔立ちのせいで、光の加減によって目元に影ができた。いつか夫になるはずなのに、まだ人となりもよく知らない彼は、窓から差し込む光に照らされてさらに暗く見えた。マージュはふと、ネイサンの目には自分がどんなふうに映っているのだろうと疑問に思った。

 取るに足りない小娘。
 浮気性の弟のせいで突然(めと)らなくてはならなくなった、とんだお荷物……。

「わたし達の結婚は、フレドリックが新婚旅行のフランスから帰ってきてからすぐになる。ひと月後だと思ってくれ」
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