氷と花

 マージュは驚いて顔を上げた。
 すると、思っていたよりすぐ近くにネイサンの顔があって、マージュは息を呑んだ。

「そ、そんなつもりはありません……助けていただいて、感謝しています」

 緊張に震えながら絞り出されたマージュの言葉に、ネイサンは片眉をあげてみせた。意外にも皮肉っぽい仕草ではなく、ただ興味が湧いたからそうなった、という感じの表情で、普段の冷たさがほんのすこし薄れる。

 もっと気の利いたことを言わなくてはと焦り、マージュは落ち着きなく続けた。

「あなたが結婚すると言ってくれなかったら、わたしは住む家を失っていました。他に、わたしを妻として迎えたいと思ってくれる男性はダルトンにはいないでしょう。皆、わたしとフレドリックは……」

 急に、幸せだったころの思い出が溢れ出して、マージュは言葉に詰まった。

 フレドリック……。まさか、こんなことになるとは思ったこともなかったから、ふたりは恋仲であることを周りに隠したりはしなかった。町中の誰もが、フレドリックとマージュを一対の(つがい)のように扱っていたし、ふたりもそれをなんの屈託もなく受け入れていた。

 ふたりの仲は、まだ清いものだったが、そんなことを言っても信じてくれる人はいないだろう。

 そのくらいふたりは仲が良かった。どこへ行くにも一緒だった。マージュに言い寄る年頃の青年を、フレドリックが牽制したのも一度や二度ではない。時には態度で、時には拳を使って。

 そして皮肉にも、婚約者(フレドリック)を失った今のマージュを、彼らは傷物と考えている。他の男の「おさがり」。愛人にするには都合がいいが、妻にはしたくない女……。
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