氷と花

「皆、わたしは、妻にするにはふさわしくない女だと考えているでしょうから」

 言いながら、マージュはネイサンから目を離せないでいた。
 野犬に狙われた時のようだ。目を離したが最後、無慈悲な牙に襲われそうな気がして、動けない。そのくらいネイサンの視線は鋭いものになっていった。

 当たり前だ。
 マージュは今、あなたがこれから妻にする女は、他の誰も欲しがらない使い捨てられたお(ふる)だと彼に再認識させてしまったのだから。彼のように誇り高い男性が、それをこころよく思うはずがない。

 マージュは自分の失言を後悔したが、時すでに遅し。彼の反応を待つしかなかった。

 たっぷり数秒の沈黙の後、
「弟は馬鹿だ」
 と、ネイサンは吐き捨てるように言った。

 なんと答えていいのか分からなくて、マージュはそれこそ馬鹿のように、ほんのすこし口を開いたまま唖然と目をしばたたいた。

「ダルトンの男達もだ。どいつもこいつも自分がなにを失ったのかさえ分かっていない」

 ネイサン・ウェンストンがこんな荒々しい言葉使いをするのを、マージュは生まれてはじめて聞いた。冷たいとばかり思っていた彼の瞳が、この時ばかりは、汽缶から発せられる蒸気のように熱くけぶっている。

 動けないでいるマージュに、ネイサンの片手がゆっくりと近づいてきた。


 ネイサンはほつれていたマージュの髪のピンを、耳の後ろにそっと挿し直した。

 それだけの、単純な行為に、マージュはかつて経験したどんな興奮よりも激しいなにかを全身に感じ、震えた。それはなぜか……喜びに似た感覚だった。

 しかし、ネイサンの瞳はふたたび冷たいものになった。

「君には、書斎と工場の事務室での、書類整理を頼みたいと思っている」

 そう言い捨てると、ネイサンは素早く踵を返し、あっというまにマージュの部屋から消えていった。
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