氷と花

The Devil's Marriage

 そのまま書斎へ戻ってきたネイサンは、苛立ちをぶつけるかのように乱暴に上着を脱ぐと、壁ぎわに置かれた長椅子の上にそれを放り投げて、肩で息を繰り返した。

 ──くそめが。

 急に、息をする方法を忘れてしまったかのように胸が苦しくなり、肺が焼けついた。

 いつもそうだ。ネイサンは、マージョリー・バイルを目の前にするといつも、このまったく同じ症状に蝕まれて延々と苦しむことになる。

 大きなはしばみ色の瞳、適度にカールした赤みがかった金髪、ほっそりとした首に華奢な肢体……。そう、マージョリー・バイルだ。

 父の親友の忘れ形見。
 幼いころから知っている、小鹿のように愛らしい、弟の恋人。


 もちろん、この荒ぶる感情の正体がなんであるのか分からないほど、ネイサンは堅物ではない。マージョリーは長いあいだずっと、ネイサンの届かない夢だった。触れてはいけない禁断の果実。弟の恋人。

 はじめて会った時、彼女はまだまだ単なる子供で、ネイサンはすでに成人に近い(だい)の青年だったから、当然、どれだけその愛らしさに目を奪われたとしても手を出すわけにはいかなかった。そもそもネイサンにそういった少女趣味はない。

 しかし、時が経つにつれ美しく成長していくマージョリーをも、ネイサンは遠くから見ているしかなかった。
 弟がいたからだ。

 フレドリック……ああ、信じがたい大馬鹿者だ。
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